横井さん
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アダルトチルドレン相談室
【申し込み内容】
選択理由:
名前:横井
メールアドレス:
yokofuku2018.yokofuku2018@blogger.com
性別:男性
年齢:27
相談内容:
はじめまして。
・褒められるとすごく辛くなる
・謝りたくない
という2点を相談したいです。
僕は昔から、褒められるのが大嫌いです。
褒められると、すごく恥ずかしい気持ちになって、この程度で褒められる場所にいる自分が恥ずかしい、とか、褒められてる所を誰かに見られて、優越感に浸ってると思われたらどうしよう、とか、この人は僕が、この程度のことでも褒められれば喜ぶような単純な人間に見えてるのかな、見下されてるのかな、とか、褒められてるけど、本当はこの程度でよろこんじゃいけないのに、どうしてわざわざ僕の弱みを試すようなことをするのかな、とか、あと、目立ちたくないって言うのもあります。秀でた存在になりたくないのに、褒められたら目立ってしまうのがとても嫌で、褒められれば褒められるほど、周りの嫉妬が怖いからかもしれません。見られたり、目立ったり、自己顕示欲という言葉がありますが、僕はその真逆に当たる人間だと思います。だからこそ、自己顕示欲があると思われるのが何よりも屈辱で、しかし屈辱と思うということは実際には自分の心の奥底に抱えきれない自己顕示欲があって、あまりにも大きすぎるから、自分でも押さえつけてしまっているだけなのではないだろうかとさえ考えます。嫉妬されると、叩かれるのがいやです。褒められないように、褒められないようにと思うと、結局何もできなくなってしまいます。何をしても褒められると思っているところがあって、これはむしろ自信過剰ということなのでしょうか?とにかく褒められるのが怖くて、一目置かれたり、期待されたりするのが怖くて、人と喋れません。就職活動もできない、それは、褒められるのが怖いのもあるけど、逆に、叱られるのも怖いです。叱られると言うか、見下されるのがまた、すごく怖くて、自分は顔面偏差値が低いので、どうしても軽く見られがちで、軽く見られたりあしらわれたり、犯罪者に疑われたり、無知だと思われたり、あ、もしかして、褒められると嫌なのは、やっぱり、褒められて喜ぶような無知だと思われるのが、いやなのかもしれません。とにかく褒められるのがいやなのが、なぜなんだろうなあ、と悩んでいます。
謝りたくないというのもあります。なんとなく、面と向かって謝ることが苦手です。自分が、悪いことをしたと、非を認めることが、なんだか苦手です。そもそも、悪いことをしたという意識がないです。例えば僕の言葉で相手が傷ついたとして、自分が謝る必要が分かりません。これは、なぜなんでしょうか。謝るというのは、銃を向けている相手に両手を上げるような、屈辱的な行為で、なすすべ無し、手の打ちようがなく、負けを認める事で、それは、絶対にしてはいけない事だ、という意識があるような気がします。世の中は、手玉に取られたら終わりと言うか、負けたらお終いだ、という感覚が強いような気がします。
じゃあ、打算的で、悪賢く、サイコパス的かと言うと、そうではないと感じます。むしろ僕は人懐っこいほうで、人との距離感が分からず、馴れ馴れしく、よく「ストーカーをやめろ」と怒られるくらい、べったりくっつくし、思ったことを全部共有したいし、なんなら思考を全部相手に読まれてもいいと思っています。人を疑わずに、大切なものを貸して、戻ってこなかったことは何度もあります。
心の中にずっと劣等感があって、それを指摘されるのが怖い、というのがあるような気がします。実際に僕は言語IQが80で、視覚IQが120です。だから、絵を描くと褒められる。褒められて、期待されて、話しかけられて、そうすると、受け答えができなくて、失望されたり、見下されたり、嫉妬した人がこれ幸いと貶してきたりして、それが本当に怖いのかもしれないです。助けてくれる人には甘えたいけれど、揚げ足を取ってくる人はとても怖い。でも、相手がどっちの人なのかわからないから、結局みんな怖くて、何もできない。自分は劣っていて当たり前、という意識が強くて、かたぎの(普通の)人と話すときもへりくだると言うか、自分が目下の人間のつもりで話すから、ずれが生まれたりします。向こうは、なんだか奴隷と話してるような気持ちになるらしく、友好で健全な友達関係が作れないので、みんな去っていきます。
差別したくないから、みんなに同じ態度で話します、かたぎ(普通)だけど、もしかしたら頭いいかも、失礼のないように、と思って、思いやりは失礼なことだと考えます。僕は小学生時代、ものすごく頭のいい人のなかで育ってしまいました。そのせいでどうしても自己否定感が取れず、どうしても自分はふつうの人より一段(もしくはそれ以上)下がった場所にいるという意識で話してしまいます。冗談なんかも、そういう前提で話すので、通じないことがありますね。けど、じゃあ完全に自己否定しているのかと言うとそうでもなく、夢見がちな部分は確かにあります。子供の頃は、自分が一軒家を建てるくらいには稼げると思っていましたし、もしかしたら、反動かもしれない。子供の頃見下され、バカにされていたので、その反動で、自分の中で自己肯定感を最大にしないと、生きていけなかったから、自己肯定感があまりにも強いというのが、僕という人間なのかもしれないです。あと、やっぱり辛かったのは確かで、復讐と言うか、絶対見返してやる、という思いは確かにありました。そのへんが、どちらが本当の僕なのかがよくわからない。
僕はあまり多くを説明することはしません。説明しすぎると、必ず相手が理解してもらえないし(今回の場合がまさにそれ)、とにかく、簡単に、すぐ伝わる言葉を選んで話します。そのために誤解も多く、かといって長々と僕の話に耳を傾けてくれる人もいません。
これは「〇〇性人格障害ですよ」と、綺麗に指摘してもらえると、こちらもありがたいのですが、結局自分がどういう人間なのか、自分でもわからなくて、治すべきなのか、それとも、いい傾向なのかも分からないので、毎日悩んでいます。