著作権フリー(自作発言は他人の迷惑にならない程度で)他の利用者の迷惑になりますのでご遠慮ください) シ曼画家レニナょれナょカゝっナニ□朮″ッ├カゞ倉リイ乍乂モを┐└|─素木オー⊂ιτ酉己布ιτゑ戸斤。自イ乍発言レよ先着一名様τ″ぉ原頁レヽιます。同じ記事が何個もあるのはメールアプリの不具合ですすみません 売れたら分け前くれ!
そもそも、アイディアに著作権なんてないから
そもそも、アイディアに著作権なんてないから
A8(468×60)
ラベル
2020年12月10日木曜日
2020年12月4日金曜日
ほとんどのやつは怒る、
2020年12月3日木曜日
誤解まとめ
発達障害の誤解まとめ
- 反社会だと思われる→あくしん
- 語用をミスる、
- 語用を又は正しすぎる(言い方が完結で的確で乱暴過ぎて反感を買う(敬語の必要性が分からない)、
- 忘れる(わざと忘れたふりをして嘘をついているように見える)、
- 体調が悪くなりがちなので付き合いが悪い
- 騙したようになるから(ヌメ
- 口が悪い(相手の店舗に合わせるから焦る、語用論的コミュニケーション障害)
- 自己愛だと思われる→村主
- 強迫だと思われる
- 境界だと思われる
- スキタイだと思われる
強迫の誤解まとめ
- 強迫は自己愛と誤解されやすい→あくしん
- 強迫は反社会と誤解されやすい→あくしん
- スキタイと誤解されやすい
- 発達障害と誤解されやすい
- バウンダリーと誤解されやすい
反社会の誤解まとめ
- 発達障害と誤解されやすい
回避の誤解まとめ
- 回避は自己愛と誤解されやすい→とどろき、ファンファン
- 回避は発達障害と誤解されやすい
- 回避は統合失調症と誤解されやすい
- バウンダリー
- 他人に自分の人生を委ねるので、人を信じている(境界)と思われる
自己愛の誤解
- 反社会と誤解されやすい
境界の誤解まとめ
- 自己愛と誤解されやすい
- スキタイと誤解されやすい
スキゾタイパルの誤解
- こじらせている場合、発達障害と誤解される
発達障害がなりやすい(自分が誤解)
- 発達障害は回避
、またはスキこじになりやすい
- 発達障害は自己愛になりやすい
- 発達障害は自己愛こじらせになりやすい
- 境界
モテる人の誤解
- 避けられる
- 意味が分からない、隠される
2020年11月26日木曜日
発達障害の誤解まとめ
- 反社会だと思われる→あくしん
- 自己愛だと思われる→村主
- 強迫は自己愛と誤解されやすい→あくしん
- 強迫は反社会と誤解されやすい→あくしん
- 発達障害は回避、
またはスキこじになりやすい
- 回避は自己愛と誤解されやすい→とどろき、ファンファン
- 回避は発達障害と誤解されやすい
◆かこかっこ中村、
小学生の頃のある日、同じクラスの女の子と帰るのが重なったことがあった。
子供だったし、断る理由もないから、僕はその子と一緒に歩いた。
クラスは同じだけど、話したことはなくて、仲はさしてよくなかった。
学校のこととか、それなりに喋ってると、その子はあるとき「好きな男子いる?」って、聞いてきた。
好きな人。よく聞く言葉だけど、その意味はよく分からなかった。前にもクラスの男子が「漫画みたいな恋がしたいなー」と言っていたが、その意味はまったく分からなかった。だから、「好きってなに?」と聞いたら、「一緒にいて楽しい」とか、「話しやすい」とか、色々言われた。
それで、男子生徒で、最も話してて楽しいのは、同じポケモン好きの中村くんだろう、と結論した。
中村くんはさしてかっこよくもなく、というか髪をボサボサに長くしていて、いわゆるモテキャラとは無縁のタイプだったが、ポケモンが好きで詳しく、話していて一番楽しいと思える、今で言ういわゆる「オタク友達」だった。
それで僕は「その定義で言えば、好きな人は中村君と言うことになる」といった意味で、彼の名を挙げた。
僕はそのとき、その定義が正しいのか、間違っているのかも分からなかったし、間違っていても、特段問題はないだろうと思った。いや、もしかしたら、間違っていると、分かっていたかもしれない。
翌日学校へ行ってみると、「僕が中村君を好き」だという噂が広がっていた。
ここでは、彼女の悪質な行為については脇に置いておいて――これは、完全に僕の人を見る目がなかっただけだから、と言うか学芸では、それは日常茶飯事だから――僕は、彼を避けるようになった。それは、きっと、恋が分からないということを説明しても、きっと伝わらないと思ったからだと思う。
いっそ図星ならまだましだった。そこからドラマが生まれていたかもしれない。だけど、今考えても、彼への感情は、「楽しい」であり、恋愛感情ではなかった。「うん、好きだよ、友達としてね」と断言できるほど、「友達」というものの定義も分からなかったし、そういった誤解は、訂正できるものではないと分かっていた。こうして僕は大切な友達を一人、失った。今思えば、そこでお互いに――主に僕が避けたことに問題があるのであって、中村君という存在云々は完全にとばっちりなわけなのだが。それに、発達障害でなくても、子供の頃なんてみんなそんなものかもしれない。だから、これは今回の僕の話を切り出すきっかけにすぎない。
元々、男になりたいとは、思っていた。だけど、このことを強く覚えてるってことは、きっと、このことは、大きな理由だったんじゃないだろうか。
「もし僕が男なら、友達でいられたのに」って。
今でもこういうバイアスはあると思う。LGBTが話題でも、さすがにまだ一般家庭には広まってないだろうし。
僕はLGBTとか、Qとか以前に、と言うか、Q、なのかな。
そもそも、恋がわからない。
女子が男子を好きになるのが当然だ、いやそれはおかしい、などという議論以前に、なにかが「好き」だという、その定義もわからなかったし、もっと言うと、人と人との触れ合いによって起きる、ほとんどのことは分からなかった。なぜ怒るのか、なぜ好きなのか、なぜ恥ずかしいのか、なぜ嘘をつくのか、なぜお世辞を言うのか、なぜ黙るのか、なぜ無視するのか、なぜ言わないのか、角が立つとはなんなのか、話すタイミングとはなんなのか、目線がなにを意味するのか、「友達」の定義が分からず、中学校のとき、せっかくできた友達に「(「友達」の定義が分からないから)友達じゃない」と言って傷つけたこともある。さらに言えば、僕は暑いのも寒いのも、綺麗も汚いもわからなかった。「天気が良くて気持ちがいい」という概念は、今なおよく分からない。晴れは晴れだし、雨は雨、湿度や温度の違いや、洗濯の可不可はあれど、それがどう感情に作用するのか理解できない。綺麗なものと、そうでないものの、見分け方が、雑菌の有無以外にわからない。みんなには分かるけど、自分にはわからないことなんだ、という自覚はあった。だからこそたぶん僕は、その自覚があったからこそ、中村君を避けたんだと思う。そのことについて、誤解を解くために必要な情報を、自分が持っていないと知っていたから。もちろん単純に口下手で、そんな難しい話がとっさにできなかったのもある。それ以来(もちろん、それが明確なきっかけではないけど)、僕は人と仲を深めようとはしなくなった。小学校をドロップアウトしたのは、そういう小さな、劣等感みたいな積み重ねと、異常だというレッテルと、疑いの目や疑いをかけられ、理解されない苦しみや孤独感――小学生の頃は、そういった感情を隠すために、わざと明るく、バカっぽく、下手に振る舞っていて、そのうえ教師や、理解してくれない人たちには必要以上に反発したせいで軋轢を生んでいて、かなりの問題児だったし、そういう人間関係にもかなり疲れていた――を、全部なくして、人と関わらない世界でやり直したいと思ったから。だから中学入学を機に、遠い土地の中学校に転校した。だから中学では、一切人と関わらないようにした。だから余計僕が、お高くとまってるように、見えたんだと思う。だけど、小学校の二の舞になるよりは、もしかしたらマシだったのかも。
別に僕は、漫画が特別「好き」なわけじゃない。そもそも漫画なんて、コナンとポケスペくらいしか読んだことがなかったし。もちろん、好きな部分もあるし、楽しいこともある。だけど、漫画家になりたいのは、漫画が人生で一番好きだから、じゃない。あの頃は、「人と喋らない仕事」って、そのくらいしか浮かばなかった。元手もかからないし、親の目が厳しくてうちはあまり漫画を買ってもらえない家だったから、自家発電ってやつ。厳しくてって言うか、それこそ親の目だね。「へ~そういうの好きなんだ」みたいに思われるのが嫌で。発達障害だから、好きなわけではないのに、好きだと思われる矛盾がきつかったから、だから親の目に触れるところに、そういう娯楽の類いは置けなかった。それに、喋れなかったけど、寂しかった。漫画を書いていれば、紙の上のキャラクター達に囲まれて、寂しくならずにすむから。そう、僕は、「仕事」として以前に、ただ寂しさを紛らわすために書いていたにすぎないんだよ。だからね、仕事とか、締め切り、とかになるとやっぱり、だめだな、と感じる。そういう、切り売りしていい存在じゃない、みたいな。誰かに読ませるために、書いてるんじゃないし、読者なんか、どうでもいいんだよ。僕が僕のために書いてるんだよ。
そう思ったから、漫画家を仕事にするのは、やめたのかもしれない。キャラが可愛い、と言うか、僕だけのキャラでいてほしい、というのに、近いのかもしれない。ほかの人に、とくに健常者に、作品の世界に足を踏み入れてほしくなかった。楽しませる気も、さらさらなかった。そんなことをしたら、せっかく築いた僕の居場所が壊れてしまう。結局僕は、逃げ場として、漫画を書いているだけなんだな、僕にとって漫画は商品じゃなくて、信仰対象のようなものだ、と思ったから、漫画家という職業を目指すのは、やめたんだと思う。
だけど漫画しかやってこなかった僕が、そこから別の仕事を探すにはさらに10年近く掛かった、というのは、また、別の話。
まあでも「一緒に話してて楽しい」のが恋なら、もしかしなくても恋じゃん。恋ってなんなんだよ(怒)
だからねほんとは、男性でも女性でもない人間になりたいんだよ。まぁ、女性でなければ、別に男性でもいいけど。でもきっと男性になったらなったでもちろん、バイアスに苦しめられるのかもしれないけど。だけどさ、男性なら、体力があるから、一人でも生きていけるじゃん、て思っただけさ。それに男装というのは男性のイメージが強いけど、女装の場合は中性的なイメージがあるの、僕だけ? まあでも今は、「男性」になりたいとは思ってないよ。…いやそりゃ、ちょっとは思うけど、そもそも男性ホルモンを打つ金銭的体力的余裕がないし、昔は、男にさえなれば多少コミュニケーションできるようになると思い込んでただけだし。実際多少生きやすくはなったろうけどね、就職だってしやすいし。でも、なんかもういいかな、と。タイミング逃したし。
まあよく考えればこれは彼女の稚拙な「恋」の定義に振り回された所詮お粗末で大したことのない話、と結論付けることもできるかもしれない。確かに彼女が正確に「話していてドキドキする人」とか、「抱きしめたくて仕方がない人」などと言えば僕は「いないなぁ~」と答えていただろうし。そうなればむしろ上手(うわて)なのは僕、という事になるけれど、現実はそうじゃない、ってことは分かる。だって僕は実際に、健常者の会話内容で理解できない部分が多いのだから。どっちが正しいのかなんて、発達障害の当事者である僕に、判断できるわけないじゃないか。だから苦しいんだよ。
ちなみにそれからの人生で、話していてドキドキする人というのはいました。でもそれはノーベル賞を取ったおじいちゃん科学者とか、そういう人相手でもなったし、男女どっち相手にも、て言うかむしろ子供相手のほうがなるし(子供と喋るとき血が逆流するみたいに緊張するのなんでだろう…昔を思い出すのかな)、結局恋がなんなのかは今一つ分かってないです。バイセクシャルと言うのともまた、違うんだろうなあ。まあ、アセクシャルなのかなあ。よくわからない。
あ、今は「友達」の定義は分かるよ。「一緒に行動する人」、つまりクラスメートのことでしょ?
2020年11月23日月曜日
中学校が、偏差値のすごく低い私立だったんです。
小学校でいじめられて、最下位だから、自分は偏差値が低いと思ってたし、勉強はたしかに大嫌いだったから、特に中学受験の勉強内容ってなんか虫酸が走るようなのばっかで、大嫌いで。
元々小学校をドロップアウトしたのは、やっぱりバカだからと言うか、アイデンティティがわからなくて。みんなみたいに、友達と繋がることがうまくできなかった。今なら自閉症スペクトラムだから、と言えるけど、まあそれもあったし、実際わりと人格障害もあったと思う。境界はなかったんだけど、母親がすごい更年期でヒステリーで、なんかこう、抑圧した小学校時代、みたいなところはあった。それで、楽しく遊ぶ、ということの意味がよく、わからなかった、みたいなとこはあったかもね。あとは、自己愛はまぁ子供だから多少なりあるじゃん。それから、普通に成績悪くて、勉強嫌いで。あ、確かに勉強嫌いすぎたのは、自己愛かもしれない?とにかく勉強が嫌いと言うかほら、僕をいじめるみんながやってる勉強が嫌い、だったのかも、と少し思う。まあ机にかじりついたことがないし、普通に勉強が嫌いだった。
嫌いな教師の言うことなんか聞きたくない、みたいなのもあったかも。
てかね多分、授業が難しすぎたんだと思う。覚えてるのがさ、「元寇」の意味をろくに説明しないで授業が進むのね。元寇ってなに????みたいなかんじで。休んでたわけじゃないよ。なんかそういうかんじでさ、話に付いていけないから、嫌いだったんだと思う。あそこ偏差値70だから。それにみんながすらすらできるなら、もうみんながやればよくない?みたいなさ。不得意なことを一生懸命やる意味がよくわからなかった。
中学校に行ってから一変してガリ勉になったのは、ひとつはただの暇潰し。さっきも言ったようにアイデンティティが分からなくて、かと言って別に模索するという発想もなかったから、勉強はほら、アイデンティティ要らないじゃん。言われたものを理解して覚えるだけでいい。とりあえず18になるまでは、そういう生き方でいいと思った。もうひとつはやはり、あまりにも偏差値低いとこに行きすぎて、恥ずかしくなったから。学校の雰囲気がさ、そりゃ違うよね。70と30だもん。いきなり動物園の檻の中に投げ込まれたような気分で、自分から出たくせに、すごく恋しくなって、そこで初めて彼らがどれだけ特別な人種か知ったって言うか、この頃はまだその世界に戻れると思ってて。やっぱり何だかんだ小学校のひとたちが恋しくて。いじめられもしたけど、学ぶこともたくさんあったから。セックスと下ネタとメイクの話しかしない動物園から抜け出したいよ、という思いはありました。
だから、バカにしてなかった、と言えばたぶん嘘になるんだと思う。
でもね、みんなが思うほどバカにしてたわけじゃないんだよ。
でも、僕が国立の小学校出身だというだけで、なんかそういう、エリートみたいな目で見られてたんだな、(って最近気付いたの!遅いよね!)
無口だし、なんかそういう、ばかにしてますオーラみたいなのは、出てたのかなあ。
もし僕がね、発達障害でなければ…そういう性格だったかも?いや、うーん。
僕は基本的に、人間が好きなんだよな、ていうのはなんとなく感じる。
特に子供の頃はね、人をもてなしたり、喜ばせたりすることは、すごく好きだった。
その反面、人間嫌いと言うか、権力嫌いかな、そういうところはあったんだけど。
だから、まあ多少ばかにしても、なんというか、人間扱いすることは、割と好きだったはずなのだ。人のことを考えたり、へたするとストーキングに近いような、そのくらい、人には関心があって。それなのに、あんまり関わりたくない、というのもあった。関わると、ほら、また、アイデンティティが分からなくて、いろいろ傷ついたりするからね。
権力嫌いもあるし、やっぱりさ、反動かな!小学校でずっとばかにされつづけてきたから、国立小学校出身だと言うだけで、へーすごい、とか言われるのが、快感だったのかもしれない。それが結局、人格障害であるかどうかは、わからないんだが。
発達障害だからばかにされることも多いから、学歴をさ、かさにきてさ、頼ってさ、生きてたんだよ。そういう嘘のつき方を許してたと言うか、子供の頃はね、嘘をつくことを、なんとも思ってなかった。まああれだ、メイクで顔を作ってる女性がいるだろうが、まあそんな感じでね。それは別にこう…、自慢…という意味合いではなくて…。武器、みたいな。それに、嘘をついてでも、誰かが嬉しくなるのが好きだった。もしかしたら、他人の心を動かすことに快感のようなものを、持っていたのかもしれないな。
まあそういうわけで僕は「国立出身のガリ勉」というイメージを、半ば意図的に振り撒いてたのは確かかもしれないと今は思う。
だけどまさかそれが、「偉そう」と思われてたり、嫉妬されてるとは全く思ってなかった。
僕は僕のイメージでは、「勉強はできる変人」と思われてると、思ってた。「実はテンションが高いツンデレ」みたいな?うん。
だってほら!よく、「かわいい」って言われたよ!?今思い出した!かわいいって顔がとかじゃなくてほらよく女子が、「ウケる」の意味合いで「かわいい」って言うじゃん。だから、僕の中では、ちょっと変だけど悪いやつじゃない、と思われてると、思ってたんだよ。人をあからさまにばかにした態度を取ったこともないし、そりゃ僕よりみんなの点が低いのは確かだしちょっとばかにしてたかもしれないけど、基本的に人をあしらったりする人間じゃないからね!?関わらないだけで!
けどさ、うーん。みんなが、まさか、ばかにされてることをそんなに恨んでると、思わなかった、と言えばいいのかな。
けどさなんか、いつからなんだろ。
「上昇志向の強い学歴主義の人間」みたいに思われたのは。
ちょっと勉強にはまりすぎたかな。勉強は、レベルを下げたら楽しさが分かって、僕にはあの学校の教育レベルは最初は丁度よくて。まあ勉強が好きかつったら、そうでもないんだけど。あの、先生がね。期待するじゃないですか。そうするとその期待を裏切ると言うか、がっかりされるのがさ、怖くてさ。つい、勉強しすぎちゃうんだよな。先生も、国立出身で、期待するとこがあったんじゃないかと。なんか、そう。先生たちの期待が、重かったマジで。それで余計なんか、ガリ勉のイメージをまっとうしたと言うか。途中生徒会長までやったからな。あれは完全に、漫画で生徒会を出すときに知ってた方が都合がいいからっていう理由だったんだけど、みんなそんなこと知るわけがないし。推薦入試とかは嫌いだったし、そういうキャラじゃない、っていうのも、僕だけが思ってただけで。結局推薦は使わなかったし。推薦とか卑怯だと思ってたからなぁ。そういう極端な態度が余計、偉そうに、見えたんだろうか。
親も大学行けって言うし、僕はほら、性転換やらなんやらで実家を出たかったから、地方のね、国立をね、目指さざるを得なかったから。
国立に合格するって、確かに大変だった。あの態度が、エリート志向に見えたのかなあ。
とにかく性転換をして、それが自分の人生のスタートラインだと思ってたから。
それでも僕と一番仲が良い――「一番仲が良い」は、「仲が良い」という意味ではない――ような人たちは、僕が漫画家になりたいと思ってることを知っていたはずだし、エリート志向にではないと、分かっているはずなのに。
それではなぜ、嫌われるに至ったのか?
ああほら、漫画家にも一流二流があるから。
もしかして、もしかしてだけど、僕は一流漫画家を目指してると思われてる?
ほまくのことをまさかそれでしったとたとえばたとえばたと
まさかそれで嫉妬されてるだけってこと?
例えば、例えば、例えば、
もしそうなら僕は嫉妬されてるだけ
そんなふうに考えられるようになったのは、いい傾向だ。
いやたぶん、反社会が僕に育っていないから?
確かに僕、中学高校時代を、異世界っていうか、ゲーム世界みたいな感覚でいたよなぁ。バカンスみたいなね。自分の人生の軸から離れたところにある、バカンスのような、おまけのような、箱庭のようなつもりでいた。だから嘘をついても、自慢しても、なんとなく、バーチャルのような、NPCのような。それは、自閉症からきてるとは思うけど。他人がみんなNPCに見えるっていうのは。
土地も離れてるし、高校出たら二度と会うことないだろうな、っていう感覚だった。まだほら、ツイッターの概念もないから、世界がもっと断絶してて。そうだね。人の評価がここまで影響する世界じゃなかった。だからみんなを実験台かおもちゃのように扱った、かもしれない。中二病と言われればそうかもしれないし。
ガリ勉でべつによかった。そのイメージを崩したいわけではなかった。高校を卒業すれば、また新しい交遊関係ができて、また新しい「自分」を作るのだろう、と。
京都での僕のイメージは、最悪だった。
そもそも東京の人間に対するイメージが悪い。京都の人は家族みたいな付き合いをするのをよしとする。八王子から来た人間がその土地に慣れることはできなくて、結局悪人扱いされてしまった。
事実ではなく感情やイメージを大切にするから、ASDはとてもじゃないけどいられない。
男女に関する考え方も古いから、ズボンを穿くだけで男装してると思われる。僕の場合は半分当たってるけど、東京でそんなこと言ったら笑われるよ。
それとやっぱり、遊んでる期間が長すぎた。
自分探しも、夢を追う作業も、後回しにしてたから、何もできてなかった。
18の、空の人形だったから。
そこからたぶん、学ぶことが多すぎたんだと思う。
やっと動物園から出られたけど、動物園で育った人間に、いきなり人間社会で生活しろというのは無理…
だけど、ほかの人は、できてる。
ああ、そうか、他の人は、セレブだから、何かわからないセレブの就職のしかたがあるのかもしれない。
あとは普通に勉強が
2020年11月7日土曜日
2018年12月10日月曜日
どうする?
なんか逆にこの、勘違いどこで直るのか敢えて放置してみたいって気持ちもあるんだよね(笑)
いや、そんなことせず言っとけよ
しかしなんかダセーな
ああそうか
メールの本文を印刷して送ればいいんかな・・・
それがいいのかも、年賀状とかでなく。
実際人は人格障害なんてないのかもしれないが
まあ僕の場合・・・強迫はあるのかも・・・
誤解を簡単に解く方法っていうのを誰か教えてほしい
まあ一番手っ取り早いのは相手が尊敬している相手に言ってもらうことだよね
まあ親とかで普通にいいと思うんですけど
でもさ誤解してるわけじゃないって可能性もあるわけよ
「はーもーなにこいついつまでもウジウジしやがってもう捨てよ」
みたいな感じで無視されている可能性もあるわけで。
その場合「もしかして誤解してる?」とか言い出すの逆効果でしょ
そうなんだよなー
て言うかさ、6年間も友達だったの
そこまで誤解されるってことある?
まぁ・・・・・・・あるかもな
僕、いじめられるのが怖くて
何も喋ってなかったし
まあ誤解するようであれば
それまでの人なんだなっていう思いもある
お寿司を送る


