2011年は大変な厄災年であった。
ところで、とある町の、とある家で、友達とテレビゲームで遊ぶ少年がいた。
名前は「ケイタ」。市立北滝小学校5年の、いたって普通の少年だ。
「今だ、必殺…≪ベノム・アターーーーック≫!!!」
ケイタが剣の形をしたコントローラーを振り下ろすと、最新式薄型テレビの中のモンスターは粉々に崩れ去った。
「よっしゃ!これで全クリや!」そう叫んだのは同級生の「ショウ」である。
「フン!相変わらずクソゲーだったぜ」そうつぶやいたのは、同じく同級生の「ヒロ」だ。
「そう言いながら、かなり楽しんでたやんか」ショウは言った。
「楽しいのは途中だけさ」ヒロが言った。
「まあまあ、次は何のゲームやろうか?」ケイタがゲームの入ったボックスをあさりはじめた時、ソファで黙って見ていた「カナ」が言った。
「みんな、見て。まだ続きがあるみたい」
その声に反応して、全員が一斉にテレビ画面を見た。そこにはいつのまにか、文字が書いてある。
「おめでとうございます!あなたは見事最終ボスを撃破されました。
その強さとチームワークを見込んで、ぜひお願いがあります。
つきましては、私たちの国《デゴテコ》においで下さい。」
「デコデコォ?」ケイタがうたぐり深そうに言った。
その文章の下に、いつものように「はい」「いいえ」の選択肢がある。
「まあ、いいや、面白そうだから、やってみよか」ショウがそう言って「はい」を選択した。
するとテレビ画面がまばゆい光を放ち、ケイタたちはその光に包まれた。
そして4人は、吸い込まれてしまった・・・・・。
「おい、いつまでゲームを…」
部屋に入ってきたのは、カナの兄、ヒカル。
部屋にはもちろん、誰もいなかった。
「いててて」
気がつくとケイ太は、荒涼とした大地に寝そべっていた。
「どこだろう、ここは…それにみんなは…?」
あたりを見渡すと、一人の少女が倒れていた。よく見るとカナだ。
「カナ!」
カナをゆり起すと、うっすらと目を開けた。
「ここは…? 私たち、どうなっちゃったの?」
「わからない。わからないけど、たぶん、ゲームの世界に来ちゃったんだ」
ケイ太とカナは、ふたたびあたりを見回した。
炭にほんのり土が混ざったような、ごつごつとした大地が広がっている。
はるか彼方にはこれまたごつごつとした、灰色がかった山が生えたようにいくつも建っている。
人どころか、建物も、生命の気配もない。
「寂しいところね」カナが言った。「あのゲームにこんなところ、出てきたかしら?」
「とにかくみんなを探さなくちゃ」ケイ太が歩きだしたその時、空から何かが降ってきた。
「うわっ、何だ!?」
「ニャーーーッ!!」
ボールのように丸々とした体が開いて、「ニャーーーッ」と叫んだ。猫のようにも見える。とにかく生き物のようだった。
ケイ太は、その生き物と目が合った。
「おマエが、デコモンの使いニャ?」
「使い?…ち、違うと思うけど、君は一体誰?」
「サンはこの世界を救う勇者、サンニャ!お前、市橋ケイ太ニャ?」
「そうだ」
「やっぱりそうニャ。さ、こっち来るニャ」
サンは2足歩行ですたすたと歩いて行ってしまう。あわてて付いて行く2人。
「ちょっと待ってよ。ここはどこなの?それから、デコデコとかデコモンとか、一体何が何だか」
「今、デコデコは創世史上最大の危機に見舞われているニャ。悪の大魔王《ダーノン》が、世界中の魂を集めて悪いことをたくらんでいるニャ。それを止めるためには、強い勇者が必要ニャ」
「意味わかんないよ。魂って何?どゆこと?」
「魂を集めて、そのエネルギーを吸い取って何か新しいモノを作り出そうとしてるニャ。そうはさせないニャ」
そう言いながら歩いていると、突然地響きが辺りを襲った。
「こ、今度は何だ!?」
「《ソウルハンター》のお出ましニャ!!チッ、こんなに早いとは!」
すると地面が割れ、中から10頭ほどの黒い馬が飛び出した。
「第1等ソウルハンター、《ダークホース》ニャ!!タイミングが悪いニャ。ケイ太、これを使え!ニャ!」
サンは自分のかぶっていた帽子の中からゴーグルを取り出し、ケイ太に投げた。
「これは!?」
「《サンライズ》ニャ!それをつけて変身するニャ!」
「変身!?」
「まぁ、つけてみればわかるニャ!」
「まったく、何だよもう・・・・ ≪変身≫!!」
ケイ太がそう叫ぶと、ゴーグルは光りだし、まわりの様子が変化した。
身体能力が上がり、気づけば右手には剣を持っていた。
「こっ、これは!?」
「戦闘スーツニャ!!さあ行け、ケイ太!そんな奴ら木端微塵にしてしまえ!!」
「お、おう!!」
「サンちゃん、私にはないの!?」
「残念ながら1人分しか持ってきてないニャ」
ケイ太はダークホースに斬りかかった。ダークホースは素早いわりに、目が悪いのか、他のダークホースとぶつかり、もみ合っている。
「今だ、《ベノム・アタック》!!」
ケイ太は早速一頭を両断した。
「いいぞケイ太!その調子で残りもやっちまえ!」
「サンちゃん!語尾が取れてる!」
「ハッ!しまったニャ」
ケイ太は続いて2匹を倒した。しかし剣がダークホースに付きささり、ケイ太は振り払われてしまった。
「うわっ!」
「ケイ太!」
「しょうがないニャ。サンも加勢するニャ…《封印解除》!!」
サンは炎に身を包み、大きな虎となった。
「おおっ!? サン、凄いな!」
「これが《解除》ニャ。でも今は30秒が限度ニャ」
「短っ!! あと、その低い声でニャって言うのキモイぞ!」
「くらえ、《バーニング・バクホーン》!!!」
サンのひと吐きで5頭のダークホースが一掃された。
「いいぞ!残り2頭だ…」
「やばいっ、ケイ太!」
「いやあああああっ!!」
ケイ太が見ると、カナの頭がダークホースの伸ばした触手につかまっていた。
「カナッ!!」
「あ・・・う…」
カナは苦しそうなうめき声を上げる。
「魂を奪おうとしているんだニャ!!」
「させるか!《ベノム》・・・うわっ!!」
触手はケイ太のゴーグルを跳ね、ケイ太は地面に叩きつけられた。
「いやああああああああーーーっ!!」
カナの叫び声が最高潮に達したかと思うと、不意に止んだ。
ケイ太が起き上がると、カナは地面に倒れ、すでにダークホースの姿はなかった。
「しっかりしろ、カナ、おい、大丈夫か!?」ケイ太はカナに駆け寄った。カナはぐったりして、何の反応もない。
「魂を抜かれてしまったニャ」
「そんな!!何とかならないのかよ!?」
「魂をとり返すしかないニャ」
「どうやるんだ!?」
「ダーノンを倒すニャ」
するとケイ太を呼ぶ声がして、ケイ太は振り向いた。
ヒロとショウが遠くから走ってきた。
「お前の声が聞こえて、走ってきたんや」
「カナの叫び声も聞こえた」
2人は倒れたカナに気がつき、駆け寄る。
必死に呼びかけたが、反応はなかった。
夜が来て、朝が来た。
ケイ太は夢うつつの中に、カナを見た。
「ケイ太君・・・助けて…」
「ケイ太!!いつまで寝てるニャ!!」
「ふがっ!!」
ケイ太は、小さなあずま屋で目覚めた。
サンの他に、見知らぬデコモンが2匹いた。一方はサメのような形をしていて、浮いている。もう一方はサンと似ていたが、耳が大きい。
「紹介するニャ。こっちはシャーク、もう一方はキャッキーニャ」
「ヨロシクダゼ」
「よろしくッキー。」
「おはよう。サンの右フックはけっこう痛いぞ」
「お前のために朝ごはんを用意しておいたニャ。さ、食べるニャ」
そう言ってサンは、一皿の炒め物を取り出した。黒ずんでいて、あまりおいしそうには見えない。
「たったこれだけ?」
「我慢するニャ。食糧難ニャ」
ケイ太はおずおずとスプーンを口に運んだ。
「……」
「どうニャ?」
「どうッキ?」
「どうダゼ?」
「まずい」
サンは明らかに悲しい顔をした。
「うまかったけどなあ」ショウが横から口をはさんだ。
「おはよう」
「おはよ、ケイ太。うまかへんの? ならもらうで」
言うが早いか、その皿はすでにショウの手元にあった。
「あっ、ちょ!待てよ。俺だってお腹すいてんだよ」
「わいもすいとるし」
ケイ太とショウが激しい喧嘩を繰り広げていると、一人あずま屋の隅にいたヒロが、シャークに話しかけた。
「ゲームの世界でも、腹は減るのか?」
「何言ってんダゼ。ここはゲームの世界なんかじゃないゼ」
「えっ?だって僕たち、ゲームの世界から吸い込まれてきたんだよ?」ケイ太が手を止めて言った。
「テレビゲームで、戦う才能のある者を探していただけダゼ。」
「ここは《デコデコ》と言って、お前らのいた世界とは別次元にある世界ッキ」
「べ…別次元??」
「つまりお前らは架空の人間ではなく、実際に腹を空かせたり死んだりするってことッキ」
「くだらねえ」ヒロが立ち上がった。「デコデコだか何だかしらねーが、俺は降りるぜ」
ヒロはそのまま、すたすたと出て行ってしまった。
「待てよ、ヒロ! 俺たちのチームワークがこれから必要なんじゃないか!?」
「知ったことかよ、とにかくこんな所からすぐ出てってやる」
「じゃあ… じゃあカナはどうすんだよ!!」
ヒロの足が止まった。
「…お前は友達を見捨てるのかよ」
「…… ああ、見捨てるね」
ヒロはケイ太の手をふりはらい、去ってしまった。
「おい、置いてくなダゼ」そのあとをシャークが追った。
ケイ太はしばらく茫然と立っていたが、しばらくして気付いた。
「はっ!そうだ、カナは!?」
「ずっとあそこに座っとる」
ショウの指さす先に、小さな原っぱがあった。そこでカナが1人、風を浴びている。
ケイ太は近寄ったが、彼女は気付かない。
「カナ、おはよう」
「…」
「カナ、お腹すかない?良かったらなんか、作ろうか?」
「…」
「…」
「…」
「カナッ」
ケイ太はカナを見た。
カナは、力を失った目で、宙を見つめていた。
まるで、人形みたいだった。
「カナ…。」
「それはもう、カナではないニャ。魂の抜かれたお人形ニャ」
「俺のせいだ…。」
カナはただ、前を見つめるだけだった。口元だけがわずかに、きゅっと結ばれて、はにかんでいるように見えなくもなかった。
「こうなってしまったからには、しゃあないやろ。もう、この世界救うしかあらへんのちゃう?」
その時突然、携帯の着信音が響いた。
「えっ!?」
ケイ太のポケットからだった。
「だ、誰がかけてるんだ?…もしもし」
「”もしもし、ケイ太!お前今どこにいるんだ!?”」
「ヒカルさん!?」
ケイ太たちは驚いた。ヒカルから電話がかかってきたのだ。
「ヒカルさんこそ今、どこにいるんです?」
「”どこって、お前の部屋だ。突然いなくなって、何してるんだ、もう3時だぞ!”」
「3時?…」
確か、ケイ太たちがいなくなったのは、2時頃だったはずである。
「おかしいな。もうまる1日くらい経ったと思うのに…」
「デコデコの1日は、地球の世界の1時間ニャ。伝わる電波速度だけが同じなので、デンワが繋がるのニャ」
「”おい、一体誰と話してるんだ?”」
「ヒカルさん、俺の話を聞いて下さい!」
ケイ太は今までの状況を、なるべく詳しくヒカルに伝えた。時にはショウにも変わり、代わる代わる説明した。
「”デコデコとかサンライズとか、いつまでそんなごっこ遊びをしてるつもりなんだ。カナデが塾に遅れるだろ”」
「だから、カナの魂がとられちゃったんですってば」
「”いいからカナに代われ。いるんだろう?そこに”」
ケイ太たちは顔を見合わせた。
「どうしても信じてくれへんみたいやな」
「写メでも送ろうか?」
「どうしたって同じやろ、この場合は」
ケイ太は仕方なく電話を切った。
「ニャ。ここは一旦、向こうに帰るといいニャ」
「えっ!? 帰れるのかよ!?」
「携帯デンワを貸すニャ」
ケイ太が携帯を手渡すと、サンは何やら入力し始めた。
「何してるんだ?」
「契約ニャ。サンとケイ太にパートナー契約を結ぶニャ」
「それをすると、どうなるんや?」
「サンの好きな時にケイ太を呼び出せる」
「俺召喚獣!?」
「契約成立ニャ!さ、ケイ太、画面に指を当てるニャ」
「おい、俺まだ内容も知ら…」
ケイ太は無理矢理指を抑えつけられた。すると画面いっぱいに赤い光が現れ、そのままケイ太を包み込んだ。
「うわーーーっ!?」
そして、気付くとテレビの前にいたのである。
「…!?」
「ケイ太?」
「あっ、ヒカルさん」
「お前、今…どこから?」
「デコデコから帰ってきました」
「はぁぁ??」