僕はスーパーヒーローになれない 3

登場人物
　エトワ・ムラカミ　青年。覆面ヒーロー「パンドラ」の正体。
　リサ・シーター　女性。怪盗「ファントム」の正体。
　ルウェ・イリヤ　青年。覆面ヒーロー「パンドラ」の正体・ベニー・ノーランド役。
　松長瑞穂　患者。

　―――「スマート・アイ」。
　コンタクトレンズに内蔵されたスーパーコンピューターで、視外線を認識したり、見た物質を特定したり、唇の動きを読んだり、さらに、近未来の予知まですることが可能なのだ。開発した会社は不明。
　これは、私―――シーターが独自に調査した事例に過ぎない。ほかにも様々な機能がある可能性もある。―――そもそも、目に何か仕込んであると気付くまでに、1年掛かった！ オッドアイであることは分かっていたが、そこにメカが仕込まれているとは、彼が実際に赤外線を避けているところを見るまで気付かなかった！
　私―――「怪盗」ファントムとしては、何としても手に入れたいモノ。だからこうして、「記者」として彼の動きを調べているのだ。
　ここは、トーカ撮影所。「怪傑パンドラ」の本来の居場所だ。「パンドラ」は、このドラマで使われたスーツを流用している。番宣の可能性もあるが、それにしては手が込みすぎている。「パンドラ」の方が、「怪傑パンドラ」よりもはるかに素晴らしいのだ。弱者を助け、そして悪人を捕まえる。「怪傑パンドラ」は、お世辞にもあまり教育的とは言えない。ただの喧嘩を描いているだけなのだ。
「こんにちは、サクラン新聞です。怪傑パンドラ役のイリヤさんですね？　現在巷で話題の『パンドラ』の正体はクルー内部の者だという予想がありますが、いかがでしょうか？」
　怪傑イリヤは、女児のファン(若冠二十歳くらい)達にサインをしてやりながら、私の顔と体をちらちら見て言った。「あーん、それなら、ムラカミってやつが怪しいぜ。オレのスーツアクターだけど」
「怪傑パンドラのスーツアクターですか？」
「ああ、そこにいるから。あ、待って、名刺もらえる？」
　向かおうとしていた私を呼び止め、そう言った男に私はあからさまな不快の表情を示しながら去った。
　ムラカミという人物――名前からすると日系人だが――は小柄で、少し焼けていた。使われていない大道具の上に座り、怪傑パンドラの衣装を着て、ペットボトルの水を飲んでいる。私が「あなたがパンドラの正体か」と聞くと、「いや」と答えた。
「この仕事で忙しくて、とてもほかの事はできないよ」
「しかし、パンドラは深夜の1時間程度しか目撃されていません。本業のある人でも十分可能だと私たちは考えています」
「たとえそうでも、そんな金にもならないこと、僕はやらないなぁ」
　こいつは違うな、と私は思った。人と目も合わせようとしないし、後ろ暗い雰囲気がある。前髪が長くて、まともに顔が見れなかった。とても、ヒーローというがらではないように思えた。
「しかし、パンドラに感謝した人がパンドラグッズを買ったりするかも。そうしたら会社に利益が入りますし…」
「僕の給料は変わらないよ。とにかく、こんな時に他人を助けてる余裕なんてないから」
「こんな時とは、氷河期のことですか？」
「そうだよ。じゃ」
　その夜、私はトリニティ・ブリッジの町をフラフラしていた。夜の町中を女一人がフラフラするんじゃないって？ 大丈夫、男装しているし、こう見えて、「怪盗」するだけの腕力と敏捷性はあるから。
　道の角から、子供の声が聞こえた。何か叫んでいる。
「返してよ！」
「へん、フジコのくせにナマイキなんだよ」
「やーい、なよなよ、オンナオンナのフジコフジオー」
「僕の名前はフジコじゃない、フジオだっ、返せよーっ」
　男の子は、半べそ状態だ。
　ここは、手を貸してあげたほうがいいだろうか？
　それとも、これは子供同士の問題だから――
「返してやりなさい」
　いじめっ子の背後で、低い声がした。
　ふる返るとそこには――黒いスーツの男――
「ぱ、パンドラだ…」
「もう一度言う、返してやりなさい。弱い者をいじめてはいけない。」
「なんで弱い者をいじめちゃいけないんですか？ それなら強く生まれりゃよかったのに」
「ああ、そうだな。お前のような者がいるから、悲しみはなくならないのだ…」
　パンドラは、少年の首を絞めた。彼は苦しそうにもがいている。私は思わず飛び出した。
「ちょっと、やめなさい！」
「大丈夫だ、殺すわけではない」
　彼は少年を下ろした。いじめっ子の少年は、苦しそうにげほげほともがいている。
「ゆ、許せねぇ。なんでお前がこんなことする権利があるんだよ」
「それがフジオくんの感情そのものだ…」
　パンドラがそう言うと、はっとしたような顔をして、それからうつむいた。
「二度と、人をいじめるな…お前が人をいじめたなら、俺は何度でもやって来て、お前を叱るぞ」
「…ほんとに？」
「本当だ。でも、覚えていておいてほしい。生まれながらに悪人など、一人もいないのだ」
「パンドラさん！！ 私、帝都新聞社のリサ・シーターです！　取材に応じてもらえませんか！？」
　いじめをかなり野蛮な方法で解決した彼を見失わないよう、私はドローンモービルで必死に追いかけた。返事はなく、スピードを落とさず彼はトリニティ・ブリッジのビルを駆け抜けていた。
「これからどこへ行かれるんですか！？ なぜ、いつも犯罪の起きる場所が分かるんですか！？」
　予想通り、返事はない。
「あなたの右目のコンタクトレンズ…コンピューターと繋がっていますよね？」
　ここで初めて、彼が私を視界に入れた。
「私の調査です。このまま付いていってもいいですよね？　これからどこに向かうんですか？」
「…今夜19時4分、サイエンティフィックホスピタルで医療事故が起きる。それを防ぐ」
「7時4分って…今6時50分ですよ。なぜ未来のことが分かるんです？　やはり、その瞳に内蔵されたコンタクトレンズですか？」
「…」
　未来の事実をシミュレーションするスーパーコンピュータ…私はますます欲しいと思った。
　結論から言うと、患者の名前は松長瑞穂。どうやら、病院の派閥争いに巻き込まれた、いわば「仕組まれた」医療ミスだったようだ。特に目を見張るようなアクションはなかったが、パンドラが無事本来の患者のレントゲンを届け、事なきを得たのだった。
　病院の屋上で、私は彼に問い詰めた。
「教えてください。あなたはなぜ、ヒーローをしているのですか？」
「世界は平等であるべきだからだ…力は弱者のために使わなくてはならない」
「それは現代の資本主義社会の思想に反するのでは？」
「女のくせに、難しい言葉を覚えたのか」
「そんな言い方ないでしょ！？」
「そうだ。その怒りから人を救うのに、理由なんか要らないだろう。私はこの町の人々の悲しみを解放したい。それだけだ。」
　私はパンドラの視線を目で追った。トリニティ・ブリッジのライトは、人々の悲しみ
を表しているかのようだった。この町は、犯罪に満ちている。警察が無能だから――。そう皆が分かっていても、私はこう聞いた。
「では、なぜ警察に所属しないのですか…」
　そう聞きながら視線を戻すと、もう彼はそこにはいなかった。
　――パンドラ、ね。面白い。あんたのその瞳、必ず私がありかをつきとめて、奪ってやる。怪盗ファントムの名に懸けてね――。