アイドル、松長瑞穂とトーカ社社長・毒田清和との噂で、巷は持ち切りになっていた。どうも瑞穂がライブ中に、「毒田にレイプされた」と触れ回ったらしい。
みんなは「炎上商法だ」とか、「どうせ松長が誘惑したんだろう」とか、「ビッチの顔だもんな」とか、「金返せ」とか言っていた。
俺には――よくわからない。
だけど、信じないやつらの気持ちはよくわかる。この町に「善人」なんかいない。アイドルなんて、いる訳がないんだ。みんな、食うか食われるかなんだ――
ああ、今夜も月が綺麗だ。なんで俺はこんなに月が好きなんだろ? もしかして記憶を失う前は、狼男だったとか?
「あなたには、地球へ行ってほしいの」
そのとき記憶の底から、誰かが呼び掛けてきた。
「地球って…それほぼ左遷じゃないッスか!」
宇宙平和共同事業所。真っ白い清潔な「所長室」で、マスカット星人のアルムーニ所長が、威厳を放ちながら話す。
「そうです。あなたは問題児ですからね」
「いやいや、待ってくださいよ。うちは今、赤ちゃんが生まれたばっかりだし…」
「あなたが見合う働きをしたなら、考えてあげます。分かっていると思うけど、特派員は目標に到着したあとすぐ、記憶を一時的に封印されます。その期間を利用して、地球の文化に慣れることです。向こうで使う名前、戸籍、家族などはあらかじめ洗脳して用意しておきました。」
「じゃあもういっそ地球人全員洗脳して、争いが起こらないようにすりゃいいじゃないっすか」
「あなたが行くほうが安上がり。さて、おしゃべりはこのくらいにして、時間のようね。さあ、行きなさい」
彼(彼女?)が指を鳴らすと、俺の体は光り輝き、そして――
「俺の本当の名前はルドルラン…ケプト星から来た宇宙人だ…」
目の前を、エトワ・ムラカミが横切った。
やけに急いでいる様子だ。
そのあとを警察が追いかけている。
俺はちょっと気になって、後を追った。
「やっと正体をばらしてくれたねえ、兄さん」
廃倉庫の一角に連れてこられたムラカミと、おかっぱの男が何か話している。
「まさか僕が、警察と繋がっているとは思わなかったかな? あいにく僕は勝手に行動する無責任なヒーローより、警察という組織の味方なんでね」
「違う、ラルフ、僕は、自首する前に君に真実を伝えたかっただけだ」
「君の犯した罪については知っているよ、エトワくん」
もうひとりの目が離れている男が、ナイフを片手に話した。
「殺人、それも父親殺し…ほかにも市民の権利を越えた数々の横暴…犯罪者は排除しなくてはね…」
ムラカミが、普段とは違った腹の座った声で叫ぶ。
「罰なら甘んじて受けよう、ジョン・ドー。しかし…これは間違ってる! 彼らは警察官じゃないのか…!?」
「警察官だよ、僕の息のかかった、ね」
ジョン・ドーと呼ばれた男が、その細い首で頭をゆらゆらと揺らした。
「かまえ!」
警官たちが、ムラカミに向かって銃を構えた。おっと、こりゃやばい。ムラカミの悔しそうな顔が目にとび込んできた。
俺は――イケメンで、男だから、よく分からねぇ――
弱者とか、悔しいとか、つらい気持ちが――
けど、きっと俺は――
そういう奴を助けるために生まれて――
その方法を、学校で学んできたんじゃないか――
「横から失礼しますよっと」
気付けば警官たちはなし崩しに吹き飛び、壁に激突していた。
すげえ力だな、オイ。体が慣れてたら、ぶち殺してたところだ。
「だ、誰だお前?」
「通りすがりのケプト星人だ」
「小癪な…撃て! 撃ち殺せ!」
"人は――僕たち「弱者」は、いったいなんのために生きればいい?"
銃弾をはじき返す俺の頭に、声が響いた。これは――ムラカミの記憶か?
"このままただ寒々しく、足掻きながら死ぬを待つのか? 弱肉強食の世界と同じように…。それとも、「人間」は、助け合っていいのだろうか――?"
「ムラカミ――俺は――お前を助けるぜ!!」
「イリヤくん…!? き、きみはいったい…」
敵はみんなボコボコになってた。殺したりはしない。オレの仕事は、「救う」ことだからな。
「なぜだ…? 俺は…ただ幸せになりたかっただけなのに…」
ジョン・ドーがつぶやく。
「君の幸せは、金で買えるものじゃないんだよ。僕と同じように」
ムラカミが、寂しげにそう呟いた刹那、俺達はある恐ろしい事実を同時に予知した。
「イリヤくん…!」
「ああ、分かってる…10分後に、地球に隕石が落下する!!」
ビルの屋上から見ると、夜だと言うのに空は煌々と焼けていた。人々の悲鳴が聞こえる。緊急ニュースと警報が鳴り続けた。
「こりゃ、地球は破壊されるな」
「地球ももう終わりか…ちょっと、悔いの残る人生だったな。こういう人生にしか、ならないのだろうか」
「そんな事ぁないさ。まぁ、見てろって」
「――え?」
「なぁ、お前ーー逃げてもいいんだぜ? 償わなくたって、いいんだぜ? なんなら俺が、逃がしてやるよ。」
「イリヤくん!?」
俺は地面を蹴って、宇宙へ向かって飛んで行った。近くで見ると、なるほどこいつはものすごくデカい。けど、俺なら、素手でこの隕石を壊してやれるぜ! それが、俺の生まれてきた理由だからな!
隕石が破壊されると――地球人は歓声で湧き上がった。ハハッ、いっちょまえにスーパーヒーローになっちまったな。
「エトワくん!」
騒ぎの中から出てきた松長とムラカミが抱き合っている。
「よかった…生きてた…!」
「また会えて、よかった…」
隕石の破片が、流星群のように夜空を照らす。
「あたし、"アイドル"に――なり損ねちゃった」
「僕も、ヒーローになり損ねたんだ」
「えっ?」
「僕には荷が重すぎたんだよ。あのときの返事だけど…」
「!」
「僕も君を支えたい…君だけを支えたいと思ってる。これからは、君だけをーー」
「…ほんとに、パンドラの伝説みたい」
「えっ?」
「絶望ばかりの箱の底に、たったひとつの希望が残ってたの」
いまのくしゃみ
君だけを守
「パンドラさんですか?」
ひょっこりと、カウチングハットを被った女性が現れて、ムラカミに包みを手渡した。
「これは…?」
「『名無しの亡霊』より、贈り物です。逃亡資金にと」
「名無しの亡霊ーーまさか、これ、厚生労働省から横領されたお金じゃーー」
「気にしないで。そのお金は、困った人を助けるためにあるんだから。ジョン・ドーがいなくなれば、また増えるだろうし…それにお金ならーーまた盗めばいいのよ!」
「ファントム…」
「さあ、行こう。どこまででも連れてってやるよ」
「なんだか、暖かいね」
「隕石の核エネルギーで、地球が暖かくなってるみたいだな。これなら、氷河期も乗り切れそうだな」
「よかったーー春がーー春が来たのねーー」
朝焼けはまぶしく俺たちを迎えてくれた。
理想郷は、ないかもしれない。
けれど、二人だけで、幸せに生きられる場所は、きっとあるさ。
地球は広いんだからーー。
メリバじゃねーかこれ