元彼「お前、怖いんだよ。何考えてるのか分かんねーし、何言ってんのか分かんねぇ。バカにしてんだろ」
暑い夏のある日。
近所の人に園児の声がうるさいと言われ叱る久米田。
保育園に磯原がやって来る。大きいショルダーバッグをかけて。
礒原「絵本、要りませんか」
磯原、大きいショルダーバッグを地面にドサリと置いて、中から絵本を取り出す。
内容は、多様性を認めるような内容や、仲間を思いやることの大切さを説いたものが多い。
磯原「どうです、なかなか教育的な内容でしょ」
久米田「お幾らですか」
礒原「1冊1200円ですね、2冊で1300円」
久米田「2冊もらうわ」
礒原「ありがとうございやす。また来ますんでそん時はよろしくお願いします」
さわやかな青年、といった感じで笑う磯原。
場面転換
久米田「コラァ!」
園児「げ、久米田のババァだ」
園児「逃げろ〜!」
磯原「元気っすね」
久米田「あら、あなた、また来たの…」
磯原「まいど。また新作出来たんで、お見せしにきたんですが。ひぇー、暑いッスねぇ」
久米田「アイスクリーム、1つ余ったのでどうぞ」
礒原「え! いや〜これはこれは、なんだか…意外ですね」
久米田「はぁ?」
礒原「いやいやいや…ありがたくいただきます」
アイスクリームを食べる磯原。
久米田「ずっと絵本を描いていらっしゃるの?」
礒原「いや、昔は東京で広告代理店に勤めてたんすが、絵本なんかもいいかなぁと思って書きだしたんです。そしたらぜんぜん売れないのなんの。仕舞いにはこうやって直接売り歩いてる始末ですよ。あえて絵を下手に描いてるからいけないんですかね?」
久米田「どうしてわざと絵を下手にお描きになるの?」
礒原「幼い時から目が肥えてしまったら、人生楽しくないじゃないですか。技術の上手い下手で物の価値を決める人間になってもらいたくないんで。でも、だからこそ、出版社には見向きもされないんですよねぇ、下手、だから」
磯原、皮肉混じりににやにやとどや顔で笑う。
久米田はそれを励まそうとする。
久米田「あなたは下手って言うけど、凄いと思うわ、こんなのどうやって描くのかしら」
礒原「どうってそりゃ、絵の具を水で溶かして…」
久米田「そりゃあ、そうだろうと思うけど。絵描きっていうのは、凄いわね」
礒原「ああそうだ、今度うちに見に来ますか」
久米田「ええ?」
礒原「アトリエです。保母さんの意見とかも聞けたらいいなって思ってたんで」
久米田「まぁ…それなら休日にお伺いするわ」
礒原「ははは、ありがとうございます。お仕事熱心ですねえ」
久米田「嫌味ですか? どうせ休日も予定なんかありませんよ。」
礒原「ははは、いや、じゃ何かとびきりのお茶請けを用意しないと。お客さんなんて久しぶりだから、掃除しなくちゃなー、ははは」
場面転換
日曜日、雨が降っている
鼻歌交じりに念入りに化粧をして、服を考えている久米田。
ため息をつく久米田。
久米田「…何考えてんのかしら、あたし」
場面転換、磯原の家の前。
一軒家、ログハウスのようなナチュラル系の建物。玄関先には花とか咲いてる。洋風で女受けがいい感じ。
チャイムの音
ドアあける磯原
磯原「いらっしゃい」
きょろきょろする久米田。
場面転換
中に入る久米田。
磯原「雨やんで、良かったですよね。涼しくなったし」
いろいろ見る久米田。
久米田「私、作家さんのアトリエって初めてよ」
磯原「僕も、『作家さん』て言われるの、初めてだなぁ。どうぞ自由に見てください。棚にも色々あるんですよ、絵本が」
しばらく見て楽しむ久米田。
礒原「どう思います?」
久米田「ページ数が、長すぎるかも。こんなにあったら、飽きてしまうと思います。それから、タイトルのインパクトに欠けるので、くんちゃんのおなやみの方がいいかも知れません」
久米田「ここは…?」
ちょっと大きめのファイルがある棚を見ようとする。
礒原「おっとそこは…ムカシの作品が置いてあるんで」
久米田「昔の作品って?」
礒原「会社員時代のものです」
ヌードばっかし
磯原「さ、お茶淹れたんで、どうぞ」
お茶をのむ久米田。
久米田「…おいしいわね」
磯原「良かった。まぁこれでも東京で鍛えてきましたからね、そーゆーのは」
久米田「ありがとう、素敵な週末になったわ」
磯原「いえいえ。ところで久米田さんは、どうして保育士になられたんですか」
久米田「ほかの仕事をしたくなかったから。ごめんなさい、参考にならないわね」
ふたたび絵本を読む久米田。絵本に、父親が子供を叱っているシーンがある。
久米田父親回想「お前はオレの顔に泥を塗る気か、保育士なんてなんの価値もないことを!」
久米田母親回想「そうよ、受験料は払ってあるんだから、受けるだけでも受けなさい」
久米田回想「嫌。あたしは大学には行かない。もう勉強は嫌なの!」
はっと気が付くと、磯原がいない。
久米田「磯原さん?」
遠くから、シャワーの音が聞こえてくる。
近づくと、誰かがシャワーを使っているようだ。
シャワー室の扉が開く。
磯原「あ、済みません。午前中の雨で靴が汚れちゃったんで、洗ってました。久米田さん、集中して下さってたみたいだったから…」
久米田「…そう」
礒原「ふふふ、それとも何か期待したんすか? センセイ」
かっとなって出ていく久米田。
私は、子供で、オトナにはなれない。
だから永遠に、子供の世界に引き籠るのだ。
殻に閉じこもって。
近所の人にクレーム付けられる
「子供は遊ぶのが仕事です! 大人のお人形じゃありません!」
礒原「…この間はからかってしまって、すみませんでした」
久米田「…いいんです」
礒原「また、意見聞いてもいいですか。あなたの意見は参考になる」
久米田「こんな私でよければ」
礒原「――自信持ってください、あなたは子供たちの希望になれる」