よく見れば、僕はこの人(ロボット)を知っているような気がする。
がっしりした体つきに、鋭い目と精悍な顔つき、さっと浅黒く焼けたような色のボディ。
図書館に居るには少々場違いな気がして、何度か目で追ったことがあった。
「…って、遊気くん!?」
「ん、瑞穂か」
つまり、この人が例の遊気という人…。
えーと、だから、つまり…、
話が全く見えてこない。
「何しに来た」
「えっと、僕たちはここの探偵さんに依頼をしようと…」
「今、取り込み中だ」
「そ、そうだね。じゃあ僕たちは出直して…」
「待て」
遊気の冷たく低い声が、否応なしに僕らの足を止める。
「もうお前らは事件に関わっている。今出ると危険だ。お前らが…加害者の可能性もあるしな」
「か、加害者って…遊気君がやったんじゃないの、その人!?」
「違う。俺が来たときにはもう既に死んでいた。まあ、入れ」
どれだけ友好的に言われても、死体のある部屋に入れと言われて入る気にはまったくなれないが、今日の場合はどれだけ乱暴に言われてたとしても、従うしかないのだろうな。
遊気という青年は、死体を目の前にしても全く動じず、僕たちをギロリと睨み付けていた。誰だ? イケメンのモテモテとか言った人は。屈強な体つきをしていて、どう見ても犯人という感じだった。どう見ても人を殺した犯人が、目撃者である僕らを監禁しているようにしか見えない。と言うか、実際その可能性が物凄く高い気がしているのだが…。
「それ、人間なの?」
「だろうな」
「おいおい、何だこれは。血生臭いな」
外から、男の声が聞こえた。彼はタバコを吸って、同じようにフードの付いたパーカーを着ている。血生臭いと彼は言ったが、かすかに鉄臭い臭いと、タバコのものなのか、甘いにおいがするだけで、特に強い臭いがするわけではない。きっと、比喩のようなものだろう。
「おちおち、パチンコにも行けねーな、これじゃあ」
「青柳さん、この男は」
「遊気、お前がやったのか」
「違います」
「ああ、こいつは情報屋の[[rb:秦 > そう]]だな。すっかり死んでるねえ」
まるで冷蔵庫の奥から、すっかりカビてしまった海苔を見つけたような物言いだった。
「俺が来た時には、もう誰も」
「まあ、大方組織の奴だろうが」
どうしよう。
間違って違うジャンルの小説に入り込んでしまったみたいだ。
帰りたい。ワカメダニュータウンに帰りたい。
ちょっと抜けてるラブコメの世界に帰りたい(そんな世界だったっけ?)。
横にいる瑞穂さんをちらと見てみたが、彼女もそんな顔をしていた。
「えっちょっと、何これ!? 何で倒れてんの!? 死んでるの!?」
僕が心の中でべそをかいていると、もう一人少女がやって来て言った。赤い髪を二つ結びにしていて、猫目の特徴的な少女だ。今までの新キャラの中では、いちばんまともな反応をしている。彼女が哉乞の妹だろうか? それだけで親近感が沸き、少し救われた気持ちになった。
「どうも組織の奴に殺られたらしい。だが、情報屋だから、あちこちの組織に恨まれてるだろう。さて、どこの組織かな。」
青柳と呼ばれた男性はそう言ったが、動こうとせず、ドア付近につっ立っている。遊気を試しているのだろうか。
「右手で鏡の破片を持ってます。あと、右目に絆創膏が」
「目に絆創膏? 怪我でもしてたのかしら」
哉乞の妹(?)が言う。
「いや、見た感じ何もないけど」
死体に勝手に触るのは危ないかもしれないが、彼らはロボットだから良いのかもしれない。
「手に鏡、か…そう言やあ秦の奴は、鏡文字で暗号を作るのが好きだったな」
「鏡文字…じゃあ、目を鏡文字にすればいいのかしら」
「意味が分からんぞ」
遊気がつぶやく。
「目に関係するもので何か鏡文字で読めるものはないの?」
「目、瞳、瞼、睫毛、瞳孔、虹彩…」
「虹彩(iris)は鏡文字で『siri』にならない事ないわ」
「『シリウス』という名の組織があったはずだ。ですよね、青柳さん」
二人のやり取りをにやにやしながら見ていた青柳は何も言わずに、代わりにひと息ついてから言った。
「[[rb:風杏 > ふうあん]]、警察に連絡しとけ」
「了解」
風杏と呼ばれた女がウェーブで通報している。
「で、依頼って? 和亀和君」
探偵は、フーッと煙草を吐きながらソファに座り込んだ。
「え? あ、あの、何で僕が和亀和だって…」
「セレブの顔と名前を覚えるのも、探偵の仕事なんでね」
「は、はぁ…」
僕は正直とにかくもういっぱいいっぱいで、とにかく帰りたい気持ちでもうとにかくいっぱいいっぱいだった。
しかしこの人は、死体が転がっているすぐ近くで、警察が来る間のちょっとした時間で、サクッと依頼を受けようとしているらしい。
そのくらい簡単に解決できるという事なのだろうか。それとも、見くびられているだけなのか…。
「ほう、母親探しか」
彼は相変わらず、タバコをくゆらせている。臭い。人間の僕には、有害なんだけど…って、この人がロボットかどうか、まだ分からないけど。
「僕の母上が10年前に突然いなくなって…いなくなった理由と、今どこにいるかを調べてもらいたいんです」
「そいつは出来ないな」
「え、どうして」
彼は、二本目のタバコに火を付けた。正確には、今日の何本目かは知らないが。ライターをテーブルに放ってから言った。
「口止めされてるからさ、本人に」
「えっ!?」
「探偵さん、和亀くんのお母さんの居場所を知っているんですか!?」
「まあ、比較的有名な事件だし、噂も入ってくるからな。そうだな、少しくらいなら教えてやる。アンタの母親は、元気でやってる。結婚はしていないし、子供もいない。それから…」
「それから?」
「探さない方がいい。俺からは以上だ」
探さない方がいいって…、何かひどいことに巻き込まれているのか?
僕は、母上のことをよく知らない。どんな人で、どんな事が好きなのかも。
だけど、もし会えるなら、そして母上が一人でいるのなら、それがどんな状況であろうと、僕は母上と二人で生きていたい。
いつ、父上からの仕送りが切られるかわからない。
それまでにこの命を、母上を助けるために使うと誓う。
待っててね、母上。
僕がきっと見つけ出してみせる。
「今日はここまで。迷い猫もいるしな」
猫?
猫が嫌いなのかな、この人。
「口止めされてるって事は、知り合いなんですよね?」
「ああ、そうだ。彼女は」
青柳が言い掛けたとき、パトカーのサイレンが聞こえてきた。バタバタと二階にかけ上がる音と、猫の鳴き声も聞こえる。
せっかく、いい所だったのに…。まあ、またあとで聞くことにしよう。
「またユーか、青柳探偵!」
真っ先に登場したのは直也だ。どうやら来たのはあのサングラスの刑事らしい。
「遊気君、まだこんな所で遊んでるのか。ここは学生の遊び場じゃないんだぜ」
「俺が見つけた」
「何!? そんな事言って、お前が殺ったんじゃないだろうな!? 殺し屋みたいなカオしてからに」
「顔は関係ない」
「騒ぐな、ガキ共」
コツコツと革靴の音がして、軍服のようなタイトな制服を着た例の刑事と楼華がやって来た。
先日は気付かなかったが、刑事は右の腰に電磁波抑制銃を携帯している。
「お前が第一発見者か」
刑事が遊気に言った。
「ああ。右手で鏡の破片を持っていて、右目に絆創膏が貼ってある」
「絆創膏? ははっ、ものもらいでも作ったかな」
「剥がしてみたが特に異常はなかった」
「おい! 死体に勝手に触るな! それは警察の仕事だ」
「お前、警察向いてるんじゃないか? 偉そうに吠え回る所なんか、そっくりだぜ」
「この…」
「よしなさいよ、二人とも」
遊気と直也の喧嘩を、楼華が珍しくぴしゃりと言い放つ。先日の一件で、少し反省しているのだろうか。
「犯人は『シリウス』の奴らじゃないかって」
「シリウス?」
「マフィアの一つだ」
「ふむ、確かに奴らは最近動きが怪しいからな。何か企んでるのかも知れん」
ビノが納得しかけたのを見て、青柳が口を開いた。
「犯人はシリウスとは限らないぜ」
「なぜだ?」
「顔をよく見てみろ。…おっと、ビノは目が悪いんだったな」
青柳がやっと腰を上げ、死体のほうに近づいた。
「顔が薄い桃色をしている。これは青酸性毒物の特徴だ。時間が経って、ほぼ分からない程度だが」
「青酸…」
僕も聞いたことがある。ミステリーで定番の毒物だ。むしろ、ミステリーと言えば青酸カリ…みたいな所がある。そんな、ミステリー小説みたいなことが現実にあるなんて…僕はますます絶望した。
「毒殺となると、マフィアの線は薄いかもしれんな。」
青柳がタバコをくわえたまま言う。
「つまり、殺した後わざわざ殴って、『シリウス』の仕業に偽装したって事ですか?」
風杏が聞いた。
「もしそうなら、秦の暗号のクセまで知ってる近しい奴か、それともその道のプロか、って事になるが」
「その道」
タバコって、どういう味がするんだろう。彼がうまそうにタバコを吸っているので、つい考えてしまった。そう言えば、お父様もタバコを吸う人だな。大人ってどうして、タバコなんか吸うんだろう。かっこいいからだろうか。
「『殺し』のな。お前ら、今日はもう帰れ。どうせこんな状態だ、しばらく依頼人も来れねぇし、学生に何かあっちゃ困るからな」
「出て行くのはお前もだ、青柳」
ビノが仁王立ちで答えた。
「ここは俺の家だぞ?」
青柳が手を広げてとぼける。
「ここは現場だ」
「大した事件じゃないんだ。自分の家でゆっくり寝かせてくれよ。それより、今度メシでもどうだい、ビノ」
「人間のメシを食う趣味はない」
「つれないな。一生独り身でも知らんぞ」
「こそ泥一人捕まえられん奴に言われたくないな。運べ」
ビノという刑事は、直也と楼華、あとから来た別の制服の警察たちにそう指示した。なんだ、直也たち、敬礼、サマになってるんじゃない?
「今日中に捜査を終わらせろ。遊気」
唐突に、ビノが遊気を見やった。
「青柳探偵にくれぐれも迷惑は掛けるなよ」
「…うっせ」
ん? この二人、知り合いなのかな。
まあ、いいや。僕はそんなことを考えている場合ではなかったし。
「お前ら、ビノの素顔を見たことあるかい?」
調査が一通り終わり、ビノが居なくなってから、青柳が何気なく聞いた。
彼はまたタバコに火を付けている。
「え? いいえ」
風杏が答えた。
それにしてもこの人は、タバコがないと喋れないのだろうか。
「拝んでおいて損はないぜ」
「あの、青柳さんは…ロボット、ですか?」
僕がずっと疑問に思っていたことを聞いてみた。
綺麗な機械の肺か、それとも人間の汚れた肺か、
「さあな、どっちだと思う?」
どちらかから吐かれたそれで、僕の質問はけむに巻かれてしまった。
前回の一件もあるし、人間は結構…ロボットのふりをしているものなのかもしれないな。
「さて…そんな所に隠れてないで、そろそろ出てきたらどうだい」
隠れている?
猫でもいるのか? そう言えばさっき、そんな事言ってたな。
すると声に反応してか、一匹の子猫が――じゃなくて、男が、クローゼットの中から出てきた。
逆光ではあったが、紫色の、顔が隠れるほど長い髪が見て取れた。どこかで見たことがある――そうだ、この間、ロボット学校て…えーと、確か、名前は…。
「え、エトワ…」
その名前を口にしたのは僕、ではなく、青柳探偵でも、風杏や遊気たちでもなく、驚くべきことに、僕の隣にいた瑞穂だった。
「知り合い?」
「…弟なの」
「あっ、へぇ、おと…えっ!? おと、弟!?」
「エトワ! 宿舎にも帰っていないんでしょ。みんな心配してるよ」
「姉さん。久しぶりだね。心配ない。もう仕事は見つけた」
「仕事って…まさか…これのこと?」
エトワは、不敵な笑みを口元に浮かべている。
「毒は使うなと言われてたけど、やっぱり良いな。人間が苦しむ様は」
エトワは、冷たく不敵な笑みを浮かべた。心の底から人間を憎悪しているという感じだった。
「青柳探偵、僕のお土産は気に入ってくれた?」
「あなた、何のためにこんな事をするの!?」
風杏が怒りを露わにして聞いた。
「何のため? ふふふ…君には関係のないことだ」
「エトワ…どうしてこんな事…」
「姉さん…」
彼はじっと姉を見つめていた。もしかして、かなり久しぶりに会ったのではないだろうか?
「まだ学校を卒業できると思ってるの?」
「え?」
「どうせ卒業なんて出来やしない。どうせ死ぬ。それが僕ら亜赦の運命なんだ」
「そんな事…」
「これは俺の復讐なんだ。俺たちロボットを作った人間への復讐…ここにも人間がいるな」
彼は僕をまっすぐに見つめた。
僕は唐突に、目まいと吐き気に襲われた。
「まあ、良い。指示されていないしな。ではまた会おう、青柳探偵」
「待て!」
風杏が殴り掛かるが、彼は蜃気楼のようにいなくなってしまった。彼女の握った拳が行き場を失くして空を割く。エトワの猟奇的な笑い声だけが残った。
「イタズラにしちゃ、少々趣味が悪いな」
「すみません青柳さん、犯人、間違えてたうえ、取り逃がしてしまいました…」
「いいっていいって。お前らももうちょっと勉強が必要だな、ハハハ」
「そう言えば、どうしてクローゼットに誰かいるって分かったんですか?ロボットのあたし達も気づかなかったのに…」
ロボットには通常、ほかのロボットや生命体を感知するセンサーが備わっている。但しそれは常時稼働しているわけではないようだ。
「チーフだよ。あの猫、クローゼットの中がお気に入りなんだが、今日は一向に入ろうとしねーからさ。まさかほかに誰か入ってるのかと、思っただけのことさ」
「チーフって…猫ですか?」
僕が聞いた。
「うちの事務所のチーフなんだよ、彼は」
「はあ」
チーフと呼ばれた猫は、やっとお気に入りの場所が開いたと言った感じで、クローゼットの中に入った。
帰っていった。
僕らも帰ろう。
立ち上がったその時、さっき青柳探偵が何かを言いかけたのを思い出した。
僕も入り込みたい
猫になれたらいいのに
猫はいいよな。
殺し屋みたいな顔のゆうきさんは、
二人は頭も上がらないというかんじ
ゆうきさんが殺したんじゃなくてよかったけど、
「そう言えば、さっき言い掛けてましたよね、僕の母上に会ったことがあるって」
「ああ、お前の母親は、いつでも会いに」
俺のライバルだからな????
またそういうあからさまなミスリードみたいなこといわせるー
「ああ、お前の母親は…」
そう言い掛けて、彼はやめる。
「会った」
いつ会えるかわからん人だからな?
うーん。
青柳探偵のライバル…?
それってつまり、探偵とか、警察ってことだろうか。
いやごめんないわつまらん
「お前の母親は有名人だからな
えっ
僕の母上が有名人!?
「ぼ、僕も知ってる人でしょうか?」
「さあ、どうだかな」
またはぐらかされてしまった。
どこに行っていたのか、チーフが戻ってきて、
自分たちの居場所に。
斗紋と田中の待つ家に。
ちょっと抜けてるラブコメの世界に。