自信がないのと自虐はまた別なのよ
母さんが平気でガスストーブのコンセント抜くので、今週もう3回目なんだけど。
付けたままでね。
付けたままコンセント抜くとガスが充満するので良い子は真似しないでね
日本工学院で思い出したけど俺、ぴこ山ぴこ蔵のDVD買って、差出人の所在地に行ってみたことあるわ。
もちろん前まで行っただけです。訪ねたり(インターホン忍足押したり)とかはしません。僕は常識のあるストーカーですので!
バイトは労働が割に合わないからやりたくない、ってスタンスだったな。
これも今考えれば、フリーターでやっていける程器用じゃないから、無意識に却下してたんだよなあ。バイトはしごして、段取りして、時短料理して、掃除して洗濯して、体調管理して、やり繰りして。そんなことが「できない」というのは、やはりハンディキャップだと思う。できるならやってるよ。できるなら・・・まあ、発達障害って言ったらそもそも誰も雇わないけどね。
いやもちろんバイトは発展性がないから「できればやりたくない」というのは皆そうだと思うんだけどね。でも、もしそれしかなくて、それがやれば出来るのであれば、やってるよ。ここにはいないよ。まあ今はコロナだからあれだけども。
それを、「割に合わない」という言葉に置き換えてしまっていたんだよな。それで無理矢理押し込めてしまってた。そういう「微妙な矛盾」が、その言葉では伝わらない。だから、生意気と言われるし、誰かがそう言ったんだよね、最初にね、きっと。母さんあたりがさ。「フリーターなんて割に合わないわよ」とかいって。割に合わなくはないんだよね、最低賃金もらえるんだから。芸能界じゃあるまいし。そういうふうに、自分の考えを、ちょっとズレた言葉で表現してしまうのも、失感情症だと思う。誰かの受け売りをしてしまってる。
「できない」なんて言うことは、許されなかったから。
「できない」なんて言ったら、「なんでできないの」と言われてしまう。そんなとき、「どうやら僕は人より不器用らしいから、フリーターで生活するのは無理だと思うんだよね」なんて言える?「そんなの、やってみなきゃ分からないでしょ」とか、「慣れればできる」とか言われるに決まってる。いや、まあ、実際、どうかな。できるか?うーん。いや、できない。と言うか採用されないし・・・・いや、採用されたとしたら・・・・。できるか?そもそもシフトの時間の管理がもうやばい。絶対忘れる。お金払ってる習い事ですらしょっちゅう忘れるのに・・・・。
できないと言えないから、ちょっとキャラを作って、何かのキャラを借りて言うしかなかった。言い訳を考えるしかなかった。
「だめだめ、そんなとこ出て仕事あると思ってんの?大学に行きなさい大学に。」
今冷静に考えたら、専門学校と言うのは仕事をするために行くところなのに仕事がないワケがないんだよな。
要するに・・・・親は、「出世」して欲しかったんだと思う。
そういうところが、両親にはあったと思う。
父さんもよく「あんな三流大学・・・」とか言ってたし。
そこが僕と温度差があったよなあ。
僕は食えればマジで何でもいいと思ってたし。普通に便所掃除でもゴミ収集でも。まあゴミ収集は朝早そうだしきついかな・・・・便所掃除は一回やったんだけど筋肉痛で辞めてしまったwww今度やる時はもっとシフトをゆるやかにする・・・・。
しかしあれだけ偉そうな両親だったのに、僕自身はそうでもないってのは考えてみると不思議かもしれない。まあー、反面教師かな。飲食店とか行くとさぁー、さもVIPですみたいな顔して、「いつものくれる?」みたいな感じでやるの、アレがスゲェ嫌いだった。なんであんな恥ずかしいことするの?みたいに思ってて。だからやっぱ反面教師だと思う。僕はそれに乗っかれなかったもん・・・。
まあ、小学校で充分いじめられてたと言うか、バカにされてたからねえ。まあでも僕は実際には自己愛こじらせなんだよ。そうか、えーつまり、メーターを幼少期に振り切ったせいで、そのあとが楽だったと言うか。普通中学生くらいまで緩やかに描くであろう自己愛や自尊の感情が、もう幼稚園の時期に振り切れてまして・・・・それで悪目立ちして叩かれて、反面教師って言うかこじらせたみたいな?
て書いたけどでもそんなことはないような気がする。
やっぱり「親が偉そう」だから、子供は逆になるんじゃないの?
だって「なんでアタシがそんなことしなきゃいけないのよ」って親が言えば、もう子供がやるしかないわけで。
「このブス」って親が言えば、子供は相対的にブスだと思うしかないわけで。
親が「私が一番」と言えば、子供は二番にしかなれないからね。やっぱり自己愛の親の子どもが自己愛になるというのは、あまりないかもしんない。
いわゆる自己愛の子どもって、よく考えたらあのー、悪役令嬢みたいな子でしょ? 癇癪持ちで、何でもやってくれるのが当然だと思ってるみたいな。まあ、そうだな、スキゾタイパル的な、やってくれるのが当然みたいなのはあった。一緒に遊んでくれるのは当然だとか。友達ね。でも欲しいものを何でも買ってくれるーって感じではなかったし、ああ、食事は、そういうとこあったよね。食事はやっぱり僕がファーストだったかなー。あとはそのくらいか?おもちゃとか、買ってくれはするけど、「欲しいものをなんでも」とかじゃなくて、「父親が買い与えたいものを与えて、それがたまたま僕の気に入ったら遊ぶ」って感じだったです。金持ちって言うか、まあ親が部長だったから金は一番あった時期なんだけどそういうことではなく、親の発達障害もあったし、僕の言葉を聞き入れないタイプで。父親は「父親ごっこ」がしたいんだろうなあって。「これ買ってやったら喜ぶだろう」→「喜ばなかった!ぶっすー」みたいな感じで、僕が喜ばないとスゲェ機嫌悪くするんだよなあ・・・。僕が何をしたの?って感じだよ今考えたら・・・。欲しい物は我慢してた。欲しいって言っても「要らないだろそんなもの」って言うタイプ・・・・。欲しいって言ってんだから要るんだよ!と今なら言える。あの頃は「じゃあ要らないのかな」なんて思ってましたが。
でも、頼みって大体聞いてくれるじゃん? それは親がって言うか、子供同士って言うものはさ。それは悪役令嬢とかじゃなくても・・・・子供同士ってそういうもんだよね・・・・? で、頼まれればやる。
まあそりゃね、出世と言うか、稼ぎたい気持ちはあったよ・・・。ラクをさせてやりたいという親心なのだよ!
あと実利主義と功利主義がごっちゃになってる。
昨日つらつら書いてて、なんか高校生の頃の感覚を思い出しましたですよ。
そうだね、ええと。高校生の頃は、だから、実利主義
子供の頃、物凄く、設けたかったんですよ。
儲けたかったんです。
で、何でだろうなと思ったけど、分かった。
健常者をバカにしてたからですよ。
流行りに流されて、ああこいつらバカだなって。
操りやすくて稼ぎやすくて、だから金をいっぱい儲けてやろう、って
思ってたんですよ。
そういう才能があると思ってましたし。
だから、僕が自分を発達障害と呼ぶのは自虐だけど、自信がないわけではない、というのはあるかも。まあ今はないんだけど、昔はそういう自分に凄く自信があって、他人(パンピー)には理解されないから、黙って「ボク、障害者☆」って言っといて裏で稼いでやろ、みたいな感覚はありましたね。
これはまだ解明されてない病気の人にしか分からない感覚かもしれない。
発達障害とか。
僕さー、部屋のレイアウト?が苦手で。
「居心地のいい空間にしたい」という思いはあるんだけど、どうすれば居心地がよくなるかが分からないんだよな。
そういうのが失感情症なのかもしんない。
片付けができない~とはまた違うんだよ。。
でも建築は浮かぶよね。まああれが「居心地がいいか」と言うと違うと思います。
そうだね、「居心地がいい」っていうのが分からない。
「楽しい」とか、「面白い」なら分かるんですけど。
だから、漫画家になるしかないのです。
アカデミックはなんかデザインこだわりたいスね
ところで建築ファンタジーはまだないですね・・・。
まあすぐに出てくるでしょう。
教会建てる職人が主役のあれは・・・・あれは映画か?なんの映画だっけ?( 一一)
あのー確か怪我するんや・・・落ちて・・・・違った?まあいいや