結局僕は、半分どうでもいいんだと思う。
だから死ぬまでの暇つぶしに他人のために尽くしたり。
でも、それでも、返事がないといじけたり。
典型的な回避性人格じゃないのか?
境界はあるのかなーうーん。ないかも。
そもそも境界って言うのは、愛された人がなるものだ。
僕はオモチャにされた事はあるが、愛されたことはない。
衣食住はあるが、誰かに真剣に考えてもらったことも、相談に乗ってもらった事もない。
あるのはいつもズレた指令だけで。
僕の幸せを願ってくれる人には、会ったことがないから。
やはり、反社会なのだと思う。
母は、姑に叱られないために世話をする。世間体でものを選ぶ。
発達障害で僕の心を読み取れない。
"あやしてもらった"ことがない。世話はされても、愛は受けたことがない。
生まれてきてくれてありがとうなどという歯の浮くようなセリフとは無縁の家族。
父は好きなものを買ってきて僕に与えるだけ。僕に望みを聞かない。
世話が終われば放置で酒盛り。
僕に"しゃべれる口"があることを、だれも知らない。
だから僕は黙ることにした。
だから僕は誰とも喋らないことにした。
だから、のらくら生きて、責任も取らない、傍観するだけ、
輪に入るつもりもない、やる気がない、楽しまない、
ただ「暇つぶし」に勉強でもしているだけの人間に、なったんだと思うよ。
学生の頃は、それで良かったんだがなあ。