「だ、大丈夫ですか?」
首がありえない方向に曲がっている彼女に、一応話し掛けてみた。ロボットだったら動くと思うのだが、頭が割れ、血が弾け飛んでいるし、腹から肋骨がつき出ているため、恐らく人間だ。
黒人、中肉中背、年は30代くらいか?
白黒のストライプのTシャツに、群青色のズボンを履いている。外で過ごすには肌寒い格好だ。
足は黒の靴下のみ。靴は落ちる途中で脱げたのかもしれないが。
片足だけ脱げていたりすれば明らかに事故なのだが、今の時点ではわからない。
自分の家か、オフィスで休憩中かなにかに足でも滑らせたのかな。
そう思って辺りを見回すが、どこから落ちてきたのかまでは分からなかった。
このまま帰ってもいいが、一応第一発見者って事になるだろうし、警察に事情を伝えないといけないだろう。
まあ、4,5分で済むし、食材は傷まずに済むと思われる。
「あっもしかして、斗紋さんじゃない?」
「へ?」
ぼんやり死体を眺めていると、見知らぬ人に話しかけられた。
「哉乞さんが言ってた人だ」
「あ、この人、図書館のブログで見たー。」
子供にまで知られている。
何の事だ?
「図書館で哉乞さんが、僕の友達が事件を解決したーって騒いでるのよ。さながら名探偵なんだってー?和亀邸で執事してるんでしょ?」
「執事の服着てるし間違いないよね」
そうか…。
哉乞は知らぬ間に、こんなにも慕われていたんだな…。
脳裏に哉乞の呑気な笑顔が浮かぶ。
じゃねえよ、何話してくれてんだあのおしゃべり野郎。服のせいもあって俺はものすごく奇異な目で見られた。ビノさん、早く来てくれ。
警察はそれから10分ほどでやって来た。
死体を見るなり、ビノが絶句する。
「何て事だ、[[rb:葵 > あおい]]さんじゃないか」
「お知り合いですか」
「同じマンションに住んでいる。そこだ」
俺達からすぐ隣の煉瓦作り([[rb:風 > ふう]])のマンションを指さす。入り口には監視カメラのようなものもあり、古風ながら比較的新しい建物だ。
なるほど、この建物のどこかの階から落ちたのなら、納得がいく。
「じゃ、俺はこれで」
俺が行こうとすると、噂の好きそうなおばさんや子供に止められる。
「ちょっとぉ、行っちゃうの?」
「名探偵っぷりを私達にも見せてよ~」
「困ります、僕は部外者ですし…」
俺は愛想笑いをして平静を装ったが、すでに注目の的となっていた。
こんな中素知らぬ顔で逃げ帰れるほど、俺は強くない。
まあ、居るぶんには誰にも迷惑かけないし。野次馬が崩れかけた頃を見計らって、さっと抜ければいいだろう。
直也があらかたの写真を撮り終えたので、ビノがポケットを探った。携帯電話がある。ロボットは携帯を持たないが、人間はやはり、携帯が楽なようだ。
メモ帳に、「大学を辞めて仕事もせず、生きる気力もないので死ぬ」といった要旨の文が書いてあったらしい。
「彼女は体を壊していて、年金をもらっていたが、そこまで追い詰められていたとは。やはり人間は難解だ」
自殺、か。
人はすぐ死のうとする。
確かにロボットは死なない。
いや、死と言うものはあるが、それは避けようと思えば避けられるものだ。
部品を取り換え続けていればいい。
かと言って、自殺するロボットも存在しない。「ロボットに精神の休息など必要ない」から。
もしロボットが自殺するとしたらそれは、その犠牲が必要な時か、未来がないと悟った時だけだ。
ワカメダシティの障害年金は、未来がある者だけに払われる。
つまり、治癒可能な病気の場合のみだ。その場合は、生かしておいた方が経済のためになると判断され、年金が支払われる。
不治の病である場合は、これに値しない。
つまり彼女は治る病気だったはずである。
ちなみにロボットの場合は修理できなければそこで見限られ、即・廃棄だ。
そんな奴らにパーツをいちいちあげていたら、きりがないからな。
彼女は捜査を続けた。
食料品をぶら下げている腕も疲れてきたし、そろそろ帰り時かと思って、聞こえるか聞こえないかと声でつぶやいた。
「じゃ、僕はそろそろ帰ります、では…」
その時、白い柴犬が俺を追い越して、真っ直ぐ死体に向かっていった。
「あっ! おい」
例の犬、チョップだ。
俺の食材を追ってきたのだろうか?
あり得る話だ。
「よせ、チョップ」
チョップは警察の腕をすり抜け、死体のにおいを嗅いでいた。ビノも慌てている。
「おい待てそこの犬」
「すみません、今退かせます」
俺が追いかけると、チョップはふらりと踵を返した。
何かのにおいを辿ってるのか、野次馬の中から一人の女性を嗅ぎ付けて前足を上げる。
ピンクのスカートが泥で汚れる。
「こらチョップ、お姉さんが汚れるだろ。すみません。」
「いえ。可愛いワンちゃんですね」
化粧の濃い女性だ。
葵さんと同じく30前後か。
死体を前にして、そんな雑談を放り込んでくるなんて、凄いメンタルだな。
それとも、気が動転しているのか?
「ええ、チョップって言うんですよ。ははは、ヘンな名前でしょ」
「確かに」
彼女がつられて笑う。
俺は気になっていることを聞いた。
「ところでお姉さん、どうして指にセロハンテープを巻いてるんです?」
「えっ? ああこれは、あかぎれがひどくて。この季節はね」
「ハハハッ、なんだそうですか。僕はてっきり、慌てて近場のもので巻いたっきり、そのままなのかと思いましたよ。指紋が付くのを防ぐために」
「…!」
「それにしても、あかぎれにセロハンテープを巻くなんて、お姉さんは随分面白い人なんですね」
「あ…あ…」
「あんた、名前は?」
話を聞いていたビノは、完全に疑っているようだった。
「わ、私はただの通りすがりで…」
女性がしどろもどろで応対する。
「調べればすぐ分かるぞ」
彼女は証言をコロッと変えた。
「あ……あたし…葵と同窓生ですけど関係ありません」
「犬が吠えてるし、同じ匂いがするんじゃないのか?最近葵の部屋には行ったか?」
「行ってません!彼女の家がここだってことも知りませんでした!」
「マンションのロビーには監視カメラがある。調べれば分かる事を何度も偽っても、心象が悪くなるだけだぞ」
彼女は次の手を考えているようで、イライラと爪を噛んでいた。
その時、俺にウェーブが入った電。
「あの、斗紋君あのね」
「わり、今忙しいから切るぞ」
今思えばこのタイミングで帰れば良かったのだが、ここまで来たら最後まで付き合おうという意思が勝ってしまった。
「さて、鞄を改めさせてもらおうか」
ビノが伸ばした手を、女性がふり払った。
「ちょっと、いい加減にしなさいよ。人の事犯人扱いして」
急に言葉を荒げる彼女。
「警察だか何だか知らないけど、勝手にひとの鞄の中見れると思ってんの?令状持ってきなさいよ、令状」
さっきとは別人だ。猫をかぶっていたのだろう。
ビノはため息をつき、サングラスを取った。
「あたしの目は何でも見透かす。嘘をついても無駄だ」
彼女がビノの目を見つめて、目が離せない。
嘘発見器でも搭載しているのだろうか。警察なら、ありえる。
「お前がやったのか?」
「やってない!」
声が完全に震えている。嘘発券器などなくても、一目瞭然だ。
「言っただろ、嘘をつけば分かると」
彼女はしばらく震えていたが諦め、がっくりとうなだれた。
「あいつは昔から頭が良くて…あたしが必死で取れた点を簡単に越えていった。だけど、大学を辞めたって聞いて笑ってた。自分の頭の良さにあぐらをかいてたからそうなったんだろう。ざまあみろって思ってた。だけど、仕事もせずに引きこもってるって聞いてまたイライラした。人が目一杯働いてるときに、昼間から呑気に遊んでるんだって。この間久しぶりに会ったらあいつ、プログラミングのコンテストで賞を取ったって喜んでて、そのアイディアで起業するんだって、ベンチャー企業を設立するんだって
あたしの気持ちも知らないで
学歴に必死で固執してるあたしをまたバカにして!
それで腹が立って突き落としたのか
斗紋「審査結果さえ隠せばいいと思ったんだな
あいつばっかり選ばれて!!
あたしだってこんなに頑張ってるのに!!!
「私は、彼女の家に
お邪魔したこともある
部屋の中も知ってる。本まみれで、とにかく勉強家だ自分の体も顧みないくらいに。
謙虚で、ちょっと卑屈だが、優しい人だった。
努力家だから点が取れるだけだ
お前が他人を馬鹿にしてる時間で勉強してるだけなんだよ
受賞の事だって、
面と向かって伝えたのは、
お前に真っ先に伝えようと思ったんじゃないのか
葵はお前のことを尊敬してたんじゃないのか
友達の気持ちを踏みにじったのはお前だ
犯人の鞄からは、葵さんが開発したと言うプログラムデータと、コンテストの審査結果の通知、そして血痕の付いた大きな皿が入っていた。それが凶器だろう。
これで殴って気を失わせたあと、自らの手にテープを貼り、遺書を作り、ポケットに入れ、ベランダから突き落とし、部屋を掃除して、そそくさと出てきたのか。
部屋に血液反応が出るだろうし、解剖すれば落下が死因かなんてすぐに分かる。杜撰だな。
まったく、哉乞のせいですっかり遅くなってしまった。途中自分でもやる気になっていたことも忘れ、何も知らないであろう哉乞に腹を立てていた。まあ、半分冗談だが。
まあ、万一食べ物が傷んでいたとしても、腹を壊して困るのは和亀だけだから構うまい。これも冗談だが。
「お帰りなさい、遅かったですね」
田中さんは、和亀の服を繕ったり、バスケットの網を修理したりしていた。俺が遅くて、夕食の準備に取り掛かれなかったのだろう。
「瑞穂さんは一緒じゃなかったのですか?」
「え? 帰ってないんですか?」
「彼女はまだ帰ってませんが」
心配になってウェーブを送るが、繋がらない。
まさか、道にでも迷ったのか?あのバカ!
探しに出るが、なかなか見つからない。田中さんに連絡し直して、一緒に探してもらおうかと思ったとき、屋敷から300フィートほど離れた公園の一角で、ようやく松長がぐったりしているのを見つけた。
スリープではない。人間の死体のように、まったくの無音だ。
警察に見つかる前で良かった。俺は腰の後ろから緊急用の電気送信コードを引っ張り出して、彼女の鎖骨部分にある電源プラグに差し込んだ。
これでしばらくすれば、意識くらいは取り戻すだろう。
俺の電力が減るが。
彼女の顔色を観察しながら考えた。
しかし、なんでこいつはあんなにお節介なんだ?
誰が何をしようが自由じゃないか。他人のする事も、ましてや着るものなんて本当にどうでもいい。
46
こいつは、ただ人を楽しませたいだけなんだろうな。
夜己や哉乞、あの遊気だってそうだ。
俺だけが、一人だけ距離を置きたがっている。
彼らはそんな俺のことを分かって、そこそこに離して付き合ってくれるのだが。
周りを楽しませるために、必死になるやつはいる。
そういう生き方もまた、ロボットの道なのだろうな。
瑞穂の目がそっと開いた。
俺と目が合う。
「斗紋君が、助けてくれたの?」
「なんだってこんな所にいたんだ」
「ごめん、斗紋くんを探してるうちに、道に迷っちゃって…あたしって、ほんとバカだね!」
声がか細い。
怖かったのだろう。
俺を探して、ずっと雨の中を走ってたのか。
「ほんとバカだよ、お前は」
ハンカチで頭を拭いてやると、
彼女は頬を赤らめながら「えへへへ」と変な笑かたをした。
俺も心なしか、熱っぽい。冷えたのだろうか。
「歩けるか?」
「うん…あう」
そう言って立ち上がろうとするが、うまくいかないらしい。
ハァとため息をついた。
「見るって言ったのは俺だからな、しゃーねー」
早く帰らないと、俺まで電池切れになっちまう。
俺は瑞穂の体を抱え上げる。
ロボットなのでそりゃ重いが、家までなら運べそうだ。
瑞穂が叫ぶ。
「る、琉架どの!ちょっとこれは、恥ずかしいでする」
「お互い様だろ。電池が勿体ないからもう喋るな」
彼女は黙って、俺の首に抱きついた。
おかしい。胸が一層苦しくなる。
「あのね、琉架くんは、ホントにホントにカッコいいよ、哉乞君よりカッコいいよ、嘘じゃないからね」
「お、おう」
俺がじゃなくて、見た目が、だよな? 紛らわしい事言うなよ。
さっきから体の調子がおかしい。どうやら冷え過ぎたようだ。
時期を見て、一度診てもらわないと。
前回の動機もこんな感じだったな?
推理してねぇwwww