まあ、僕が全然甘えてないと言えば嘘だと言うか、甘えてるって言うか「利用してる」というところはあると思うよ。
だって、親が養ってくれるんだもーん。
養ってくれるのにわざわざ働くバカがどこにいるんだ? アハハ!
そりゃ、お金がないお金がないって嘆いてるのは知ってるよ。でも、そんなの全く気にならないね! 脛は齧れるだけ齧っておかないと、人生損でしょ?
それはうーん甘えって言うのとはちょっと違うかもしれない。
要するに悪人なんだと思います。はい。
まあでも、じゃあ甘えてる部分がゼロかと言うとそうではなく、親に頼らなくちゃダメで、あてにしてて、すがってるところもある。あ、それは甘えじゃないか? それはあてにしてるってことで。
甘えってなんだろ。うーん? だから、できるのにあてにすること、だな。
ええと、そうだな。できるのにやらないのは利用。いざ、親が死んで、「困る」なら障害、「怒る」なら甘えだね。僕はそういう意味では甘えはないです。死ぬ瞬間まで脛を齧って、死んだらよし、働くぞってなるし。まあ発達障害ですから働けませんから、そこで死にますけどね。だから、ほら。ニートでも、働こうとしないのが甘えで、ギリギリまでニートして力をためとくぜってのは親を利用してるだけだな。そういう意味では後者ですが・・・・。
まあ世の中親だろうと何だろうと利用できるものは利用しないと。むしろ親の欲目を利用してやるんですよ。自分が腹を痛めて産んだ子だ、死んだらもったいないっていう、コンコルド効果なんてのもあるし。それを利用して金をせしめるんだよ。へっへっへっ。
・・・・・僕の本質ってそっちなんかな? いやいや、冗談ですよ。
ん?(゜-゜)
便所掃除は一回やったんだけど筋肉痛で辞めてしまったwww
これ、「ちょっと筋肉痛で動けないのですみません二三日休みます」って電話入れて休ませてもらえば済む話じゃんって思った?
僕、だめなのよ。そういうふうに弱みを見せる連絡ができない。
もう、「約束守れなかった=クビ」っていう感じで。
クビにされる前に、がみがみ余計な嫌味とか言われる前にもう辞めちゃおっていう感覚なんだよね・・・。
完璧な自分でいないと怖いっていう。強迫もあるだろうけど、弱みを見せたくないってのは、要するに小学校時代の反社会の名残かなあ。
あの、一時期歌の事務所入ってたんだけどそれも約束一回ポカしたんで責任取って辞めた。謝罪をしたくないっていうプライドなんですかねえ。とにかく謝罪と言うかがみがみ言われんの嫌だーーー。
チキン
ああでも、「必ず助けてもらえる」って言うのはあったなあ。
どんな時でも、つらい時は「おかあさーん」って言えば必ず来てくれた。
それはすっごい心強かったと思う。
そうでない家庭って、たくさんあると思うよ。弟の世話で忙しいから、とか、もう仕事行かなきゃいけないから、とかさ。
うちはやっぱりそういうところ、一人っ子だし。僕より大事なものはないでしょ? みたいなところはありますからね。
とにかく、二世帯住宅に僕一人ってのが凄い。両親に、祖父母。四人が僕を可愛がるって言うか、世話してくれてたもんな。ペットもいないし。やっぱり自己愛あるでしょう。凄い自己愛あるでしょ?
ありすぎて、叩かれ過ぎたから逆に不安神経症になったっていうのが僕の仮説です。
あ、とは言え別に母親が優しかったわけではないですよ。
「どうしたのーおーよしよし」とかではないです。
「なに?あーまたこんなことしてー掃除するからあっち行ってなさい」みたいな感じで。
母は、優しくはないんです。あれは何て言えばいいんだろう。まあ母さんはアスペルガーがあると思うんだ。汚れてるから掃除する、それだけ!みたいな。
「理想論」って、子供の頃、「世界平和」のことだと思ってました。
んーでもよく考えたら理想論は決して世界平和だけじゃなく、まあ言うたら定理とかそういうのも含まれるんだな。
そんなん言うたら実利主義=健常者ってのは理数を信じない宗教系の人全般、発達障害は理数系ってことですよね。て言うか高校生の頃は完全にそうだと思ってましたwwww
世界平和は理想論と言うか・・・まあ理想論の一つか。でも戦乱の世界もまた理想論の一つだね。要するに頭の中で考えた法則性のある世界は全部理想論ってことになるのか。
ああ、それだ!
僕は法則性を考えたり見つけるのが得意。
それは発達障害なら誰でもあることだと思うけど。
それで子供の頃よく、褒められてたの覚えてる。
子供は普通あんまり「法則性」でものを考えたりしないんだよね。
だから、学芸の試験が悪かったんだよ。そんな発達障害でも分かるような問題を出すから・・・・。
僕らの世代ってさ、「痛い子」に敏感だよね。
悟り世代って言うんだっけ。
今考えたら、天下の国立大学附属が「出て行きなさい」って、ダメだよね。
学芸大学附属小学校よ。
ほらあの、問題があった例の。あの小学校。
義務教育ってのは、教師だって全ての子どもを教育する義務があるってことでしょう。
それを、出て行きなさいだの帰りなさいだのって。
あのね、ちょっと怒るともう出て行けだからね。
それでホントに帰ってしまうと、学校側の問題になっちゃうてんで、帰ってきた後によく電話で呼び出されてまた学校に登校させられんだよwwwwで今度はなんで帰るんだって怒る。いやお前が帰れつったんだろ。
そういう感じの小学生生活だったから、疲れたのもあるけど、なんだかねえ。
絶望してたよ。未来に。
絶望って言うか、完全に反抗期でしたね。この世の全てを許さないみたいな。ひっかき回して復讐してから死んでやるみたいな。自暴自棄ね。それ。
あのね、叱る子は僕だけじゃなくてほかにも叱られる子はいんの。
でね、他の子は「帰りなさい」って言われると、「すみません」って謝るんだよなーこれが。そうすると許されて着席できんの。
あの「謝罪のポーズ」がすっっっっっっっげー大嫌いで、
「謝るくらいなら帰ったるわ」みたいな感じでオレは帰ってた。
それは、うーん・・・ASDで真に受けるというのとは違う・・・・いや同じか。
みんなみたいに「上手く」「器用に」渡れないんだよなあ・・・。
だって俺悪い事してないもん。悪い事なんかしないもん俺は。悪事もしないしいじめなんかしないし喧嘩だってしないし。ズルなんか絶対しないじゃん(バレるから)。なんで叱られてたんだっけ?だいたいとばっちりなんだよな。謝る意味が分からん。
僕、友達とふざけたりできないの。ふざけられる相手とかいないし。ASDだったからだと思うけど、普段ずっと絵ばっかり書いてんの。けど集団行動とか話し合いみたいな場面になるといっつも怒られてた。
まあだから発達障害で悪目立ちしたりしてたんですかね。
て言うか頭が悪いんだわ。できないなら帰れみたいな。こだわってやかましく騒いでたんかな。
なんかそういう感じで、ずっと孤独だった。
親は親であんな感じだし。チャラいって言うかDQNって言うか、軽い。
うんそう僕は、発達障害と言われて、わりと嬉しかったの。
それまでずっと一人だと思ってたから。
ゴッホが自殺したのだって、それででしょ? 孤独だと思ったから。
で、同類がいると分かった時、嬉しかったんだけどね。
ずっとわがまま、って言われてたけど。
自分がわがままなのかどうか、自分でよく分からない。
思ったけど、僕はずっと、小学校卒業以降、人を避けて生きてたなあって。
避けてたって言うか、ある意味逃げてた。
逃げるしかなかったのかも知れないけど。
逃げなくていい場面だって、あったかもしれないなあと思って。
でもね、目立ちたくなかったし、人と繋がりたくなかったし、会話は最小限にしたかった。
もう、疲れたくなかったから。
だからずっと図書室で勉強してた。昼休みとか。
だから、やればできるって言われると、「お前に何が分かる」っていうのと、図星みたいな気持ちがないまぜになって、すごく苦しくなる。
まあ、でも、煽られてやらなくて良かったんだと思う。
小学校だからまだヤンチャで済んでたけど、あれを高校でやってたら大変だよ。
少年院沙汰もあり得るし。多分もう居場所なくなってる。
我慢して正解だった、と僕は思いたい。まあそのぶん発達障害の診断が遅れてしまったんだけど・・・。
その反動で、青春というものにすごく憧れていて。色々挑戦したりしてみたくて。
男になればそういうものが全部手に入るんじゃないかって思ったの。
発達障害は女性に少ないから、まだ男性になったほうが世間に受け入れられるんじゃないかって。
そしたら友達だってできるんじゃないかって。
だから性転換はできないよって言われた時、人生の全てを奪われた気がした。
昨日母さんと話してたんだけど、「発達障害は冷静でいられてうらやましい」と言ってた。
うん、そうだよね、
やっぱり発達障害にも良さは、あるのかな。
て言うか母さんが統合失調気質なだけだと思うんだけど、母さんはいわゆるあのー、今で言うオタクタイプで、一昔前のASDのナードっていうオタクではなくて、今の人の使うオタクって意味の。生まれる時代が違ったら腐女子、まあ今でも夢女子なんだけどさ。そういや68歳なのに自分の事「女の子」って言うしな・・・・・
それで、結局小学校から「あの子は中学には上げられません」と戦力外通知。
まあ、拒む権利はないからそれとなくだと思うけど。僕はその場にいなかったから知らん。
てか俺は元々出て行くつもりだったけどね。声変わりしないのをいじめられたくなかったから。
父親はもっとずっと後に「発達障害なら小学校の試験に受かるはずがない」と言い、教師は「たまにいるんですよああいう子」と言っていたのを思い出す。
そういう、目の上のたんこぶみたいな扱いをずーっとされてきて、ぼくはずっと一人で育った。
だから、組織に入って誰かと共同作業、って、やったことないし、そんなことをする気にもなれなかった。
就職する気になれなかったんだよ・・・。
思えば、友達なんて僕にいただろうか。
漫画の読者はいた。共同制作者もいた。中学校とかの話ね。
カラオケに行くこともあった。
けど今その全員からメールを無視されている以上、今思うと彼らは友達だったのだろうか。
あれはただの「読者」・・・・だったんじゃないかな。
いや、読者は友達たり得る・・・・はずでは?
僕が、近付こうとしなかったのかな。
僕自身が、漫画家であろうとしていた。
友達付き合いではなく、漫画の読者として接していたかもしれない。
僕はこれで生きていか"なければならない"と。
言い聞かせて、言い聞かせて、言い聞かせて。
一人で抱え込んで、そして自滅した。
疲れた。
疲れたよ・・・。
それでも人は「発達障害は、障害ではない」と言う。
どっちなの?
ねえ。ハッキリしてよ。