「まっつんかわいい!!」
「結婚して!!」
彼女は無事オーディションに合格し、アイドルになれたようだ。どこもかしこも「松長瑞穂」の文字で溢れている。
――「今度は左足も?」
あの時の記憶が蘇る。大丈夫だ、彼女は――バラしたりしていない。少なくとも、今の時点では。
もし、このまま、「パンドラ」の正体が割れれば、僕はもう、「ヒーロー」を続けることはできなくなるどころか、「エトワ・ムラカミ」としての人生まで、潰されてしまうことになる。取材、そして町民からの「嘆願」「甘え」「嫉妬」「攻撃」を、「僕」という人間が全て抱えることはできない。僕だって、生きるためには金が要るし、そのためには、働かねばならない。寄付などしてくれる人間は、どこにもいない。それは、教会育ちの僕には、よく分かっている。だからこそ、できる時だけ、「パンドラ」という仮面を通して人助けをしている――それが理想の形なのだ。
仕事が終わり、汗を拭きながら上気した体を冷ましていると、真剣な表情で音楽に合わせて振りの練習をしている女の子がいた。
彼女だ。
同じ事務所とはいえ、ここは特撮専門の撮影所だ。彼女がいるのは珍しいかもしれない。
あまり関わらないほうがいいだろうか。いや、しかし、彼女に情を移してもらった方がいい。
――ここは、攻めた方がいい。そういう作戦で行こう。
「オーディション、受かったんだね」
ぱっとイヤホンを外し、明るい屈託のない笑顔を見せる。せせら笑うような雰囲気も感じられない。ただ純粋に笑みをこぼしているようだ。もしかしてあの時のことなど、忘れたのだろうか…そんなぬるい希望が脳裏をよぎった。
「あっ! あの時の!」
「エトワって呼ばれてるよ」
「エトワ? エトワって、夜って意味よね? 素敵なお名前ね!」
「ありがとう、松長さん」
彼女は、きょとんとして、目を丸くしている。
「ど、どうして、あたしの名前…」
「もう、有名人じゃないか」
彼女はかぁっと耳まで赤くなった。有名になるのがそんなに恥ずかしいのだろうか? だとしたら、ちょっと心配な半面、純朴で気の優しい子なのかもしれない。もじもじしている彼女に、僕は聞いた。
「ところで、ここで何しているの?」
「あ、あの、こんど、『怪傑パンドラ』に出演するんです。あたし、パンドラさんとちょっとゆかりがあって…あ、『偽物』のほうですけどね、ファンにはそんなの関係ないって、マネージャーが」
「そうなんだ」
「あの、ところで、エトワさんは、ここでなんのお仕事をされてるんでしょうか…?」
「見ての通り、スーツアクターだよ。パンドラの」
「じ、じゃあ、パンドラのスーツを持って帰って練習したりも…?」
「できるけど…休みの時は家で寝てるよ。きつい仕事だからね。スタントマンみたいなものだし」
「そ…そうだよね」
忘れているわけ、ないよなーー。
「あっ、これが今度私の出るシーンの台本なの。」
「へえ、僕はまだもらってないな」
「新人だから、早くくれたんだよ」
ぱらぱらと確認してみると、スーツ姿のパンドラとの絡みが多い。しかも、「松長瑞穂」は「パンドラ」に恋をするという設定で、入谷とのキスシーンまであるじゃないか。彼女は『本物』のパンドラを見ている。怪しまれなければいいが…。
「面白そうな話だね」
「でしょ! それで、途中でダンスを踊るシーンがあるんだけど、テレビ用に変更が多いから練習してたの。あっそうだ! ね、ちょっとチェックしてもらえないかな? 今日じゃなくてもいいんだけど…」
「今日でもいいよ、君さえよければ」
「本当!? じゃ、今マネージャーに遅れるって連絡するね!」
たしかに彼女の笑みは、真っ直ぐで陰りがなく、幸せそのものだ。彼女の笑顔は、この時代、特にこの町では貴重だろう。
その魅力に、駆け引きなしに惹かれてしまう自分がいた。「パンドラ」でない時の僕は、人一倍女性に弱い。
「いいって!」
「じゃあ、そこで…」
そのとき、「ディテクティブ・アイ」に未来の映像が現れた。
かねてより黒い噂のある政治家・タツノオーが、厚生労働大臣・ドレミファンゴに賄賂を送る光景ーー。
「ごめん、ちょっと用事ができた」
「へ?」
「ダンスはまた今度。でも、きっときみのことだから、綺麗に踊れてると思うよ」
厚生労働省の大臣室の窓から様子を伺うと、丁度贈賄の真っ最中だった。私はそれをいつものように写真に納めてから、叫ぶ。
「そこまでだ、タツノオー、ドレミファンゴ!」
「な、なんだね、きみは!? ここは、42階だぞ!?」
「税金の横領、そして贈賄、自分に都合のいい法改正の容疑で通報する!」
「わ…私じゃない…」
胸ぐらをつかまれたタツノオーが、覇気のない声をしぼり出して言った。
「私じゃない…『ジョン・ドー』が指示したんだ・・・」
「ジョン・ドー? だれだ、そのふざけた名前のやつは?」
「法律を変えさせまいとする男…警察庁の…官僚だ…」
ジョン・ドー…何者だ?
そいつが、この犯罪都市・トリニティブリッジを作っている?
ジョン・ドー…忘れないぞ!
ーーあたしは、気になって、思わずニュース番組を確認した。案の定、パンドラ様が、とある政治家をつかまえたって臨時ニュースが出ていた。
「彼がいなくなったら、ファントムが現れた…やっぱりーーやっぱりーー?」